STRIKE!!痛

最狂の〇〇物語

大好きな相棒と過ごす「笑いあり・涙ありの平凡な日常」。赤裸々につづります。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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プリン体と糖質の特徴を知ったら、やるべき食事法が見つかった!

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僕の年齢は37歳です。

 

若いと思いますか?

年寄りと思いますか?

いがいと年齢いってるな?とか?

 

冒頭に年齢の話からはじまったのは、「年齢」=「病気の発症タイミング」と言うイメージは、捨てて生きることが大事なと思ったので、最近僕が「健康」を意識し始めた理由と、最近出会った著書の話をしたいと思います。

 

【目次】

1.37歳でも「痛風」になる

2.プリン体の正体

3.知っているようで知らない!プリン体と糖質の関係

4.おすすめ図書「医者が教える食事術 最強の教科書 ・ 牧田善二 著(ダイヤモンド社)」

 

1.37歳でも「痛風」になる

誕生日の日を境(年齢がひとつ増える)に、重大な事実が発覚しました。

本章のタイトル通り、「痛風」の診断を受けたのです。

 

僕の職務は「事務職」「管理職」がメインですが、食品を中心とした流通業の現場にいますので、「2Lペットボトルが6本入ったケースが30個積まれた(重い荷物)を運搬する」ことも常に1日8時間中1時間程度はあります。

 

ここ最近、特に1日の業務の中で「商品の運搬する作業」、「積み上げ・積み下ろしをする作業」の時間が増えてきましたから、「肉体疲労」感はつきものです。

 

所が、筋肉疲労だけでなく時折「手首」「足首」「指先」「膝」と言った間接が痛み出したので、今年の1月から2か月に1回は「関節の痛み」と言うことで、内科兼整形外科の病院に通っていました。

 

経過を見ると1月(手首)、3月(足首)、5月(指先)、7月(再び足首)と、それぞれレントゲンを撮って貰ったり、触診してもらうのですが、骨でも関節でも特段の炎症が起こっていないということで、シップと痛み止めをもらうと、3日位で痛みは引いていつも通りの仕事と生活を続けていたんです。

 

そして、9月に膝の痛みが来たので、再び病院で受診すると、「血液検査をしましょう」と、、、、???

なぜ、膝が痛い(整形)で、「血液検査なのか」???

正直、自分には理解できませんでしたが、専門医の見立てでは「痛風発作」の疑いがあるとのこと。

まさかまさか、僕、37歳ですよ。。。

 

血液検査の結果が出まして、数値は「尿酸値が8.2mg/dL」と言う結果。

後々調べると、「三和化学研究所」さんのサイトでは「尿酸値が9.0mg/dL」を超えると、「痛風発作リスクが高まる」と書かれています。

www.skk-net.com

 

また、同「三和化学研究所」さんのサイトの通り、僕の関節痛の「激痛のピークは24時間後」だったし、「痛風の起こりやすい人はこんな人」を見ると、「肥満」以外はすべて当てはまる。

www.skk-net.com

 

お酒も好きなのですが、身体を鍛えようと、筋トレをはじめとする「激しい運動」やタンパク質の過剰摂取は特に良くなかったようで。

 

特に食生活の面。

「痛風・尿酸財団」さんの「食品中プリン体含量(mg/100g)」の表によると、

自己流の健康食生活で続けてきた「鶏むね肉」「レバー」「麦飯」「納豆」「スプラウト」を好んで食べる事(毎日続けて、そしておそらく人の倍は)は、もはや「自分の食生活のゴールが『痛風』」になる事だったようではないか!!


www.tufu.or.jp

http://www.tufu.or.jp/pdf/purine_food.pdf

 

と、言うことで健康管理・こと「食生活」を見直そうと至りました。

 

2.「プリン体」の正体

『高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン』には『生活指導』の中に食事療法、特に『1日400mgを目安にしたプリン体の摂取制限』が示されています。

www.tufu.or.jp

プリン体を多く含む食品は、 レバー類(210~320mg/100g)、白子(300mg/100g)、一部の魚介類 エビ、イワシ、カツオ(210~270mg/100g)が上げられます。乾燥品である干椎茸や魚の干物は水分量が減っているため相対的に高い数字になるので、原材料と比較すると良いでしょう。

www.tufu.or.jp

 

プリン体は「おいしいものに多く含まれる」と付け加えられていますが、特に「豚」より「鶏」、「うどん」より「蕎麦」、「うなぎ」より「カツオ」、そして「レバー(肝臓)」がダントツであることがわかります。

 

例えば、僕が大好きな「鶏肉蕎麦」としては、プリン体最強の「鶏」、「蕎麦」、「カツオ(ダシ)」のトライアングルであり、常食は危険なモノだったのかもしれない。

そして蕎麦屋の「モツ煮」大好き(;''∀'')

 

他にも、ご飯(主食)は控えても、ビールは350ml缶で多い日は4本は飲んでいたんだから、、、、。

 

3.知っているようで知らない「プリン体」と「糖質」の関係

 

プリン体の話を進めてきましたが、ここで疑問がうまれました。

 

プリン体は「タンパク質」の多いものに含まれるんだから、「タンパク質」の摂取量をどのように減らせばいいのか?

そして、「タンパク質」の摂取量を減らすとしたら、代わりに何を食べたらいいのか?

と、言うことです。

 

 

ザーッと、冒頭の「食品中プリン体含量(mg/100g)」を見る限りですが、「タンパク質の多いもの(糖質が少ない)」ものは「プリン体」が多く、「糖質の多いもの(タンパク質が控え目)」なものは、「プリン体」が少なめ。なのかもと。

 

じゃぁ、「糖質の多いものを食べる」にシフトしようか。

※体重増加するかもだけど。痛風のもとである「尿酸値を下げる」為にはやむを得ない。。。

 

locabo.net

 

しかし、それも早合点の話なので「糖質」について理解を深めようと、ロカボオフィシャルサイトさんを除いてみました。

 

そして糖質早見表を見て、「尿酸値を下げるために」僕が考案した、先ほどの「タンパク質を減らして、糖質を多めに取る」説はあながち方向性は間違っていないと思いました。

 

ただ「糖質豆知識(https://locabo.net/dictionary/)」には、気になる記事がありました。

 

【一番危険な誤解!!「おにぎりと野菜ジュース」信仰】

【野菜がすべて低糖質」という誤解。】

【「白いものより、黒いものが健康的」という誤解。】

【「鶏もも肉より、鶏むね肉の方がヘルシー、これも大きな間違い】

などなど、都市伝説と化し、当たり前に認識している食事のとり方、食品の考え方には、注意が必要であることがわかります。

 

そう、プリン体と糖質は様々な食材に含まれていて、「プリン体」と「糖質」の比率が違うと言う話。時にその比率は相反する関係にある。

 

そして、プリン体にも糖質にも、1日に摂っていい量があり、成人男性で

プリン体の目安は「400mg」、糖質の目安は「330g」 

 

この数値をクリアした食生活を1日で送ると言うバランス感覚を鍛えなくてはなりません。

「なんでも程々」が良いのは理解できたが、、、、どうしましょう。

 

4.おすすめ図書「医者が教える食事術 最強の教科書 ・ 牧田善二 著(ダイヤモンド社)」

 

 誰か、教えて、適切な食事バランス!!

と、言うことで、情報収集をする際の僕の定番「本屋さん」にて調査を開始。

良さそうな書籍がありました。

 

「医者が教える食事術 最強の教科書 ・ 牧田善二 著(ダイヤモンド社)」です。

 

手に取った理由は、牧田善二さんは「糖尿病専門医」であり、「医学的エビデンスに基づいた本当に正しい食事法を1冊に網羅!」とコピーがされていたので、僕にとっては「藁をもすがる思い」です。

 

早速買って読み終えましたが、ずばり本書のテーマは「血糖値を上げない食事法」それによる「現代人の悩みと課題解決」の提案であると思います。

 

「慢性的に血糖値が高い状態が続き発症する【糖尿病】」。

僕の親友は40歳で「糖尿病」を患い、膝下から下を切断する手術を受けているという身近なエピソードもあり、「尿酸」も「糖尿」も怖い。

 

牧田善二さんが本書で提案している「1回の食事は腹七分目」「1日の食事回数は増やす」ことで、血糖値の急激な上昇・下降を抑えることにより、「肥満」「老化」「病気」「長寿」「集中力」「疲労」と言った現代人が抱える課題をクリアにしてくれる事を 、一読して理解することが出来ました。

 

「糖分の取りすぎが起こす、日ごろの体調不良」、「糖分過多にならない為に、毎日食卓に並べたい食材と料理法」、「食事が過食にならないようにする為のアドバイス」などが盛りだくさんで、「食生活を見直す」良いきっかけになったと思います。

 

そう!!「暴飲暴食」をやめよう。結論はこれでした。

 

「限度いっぱい。腹いっぱい。大盛り・無料程よいものは無い。」 の精神は捨てよう。「大食い出来る(能力)」のと「大食いしている(行動)」は大きな違いである。

 

 

 

医者が教える食事術 最強の教科書――20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68

医者が教える食事術 最強の教科書――20万人を診てわかった医学的に正しい食べ方68

 

 

CHAGEandASKAの全シングルを調査したら見えた、チャゲアスの絶妙なバランス。

 

ASKAさんの「脱退」宣言がデビュー40周年を迎えた2019年に8月25日。

ASKAさんのブログ内にて発表されました。

 

「40歳」人間なら脂がのり、社会人人生まだまだこれからな年齢だろうか。

1979年のデビューからオリジナルアルバム21枚、シングルを48枚リリースしてきた

CHAGE and ASKA。

 

2009年に「無期限活動休止」となっていた為、実際、40周年の中の実活動期間は「1979年~2009年」の30年間。

二人でのオリジナル楽曲は2007年1月10日のシングル「Man & Woman」「Here & There」と、同年1月24日のアルバム「DOUBLE」のリリースが最後となっています。

 

シングル、アルバムとも稚拙な日本語訳で申し訳ありませんが、「男と女」「ココとソコ」、「二重・二倍」を表す様に、発表当時はCHAGEとASKAの活動がこれからも続いていく事を求めていて、それから10年少し経った2019年にこのような発表があるとは夢にも思っていなかったのではないでしょうか。

 

そう、CHAGEさん。ご本人も。僅か一か月前には写真週刊誌の取材にCHAGEさんは「40周年」そして未来のCHAGE and ASKAについて応えています。

09年の無期限活動止から10年。ASKA(61)は「チャゲアス」の解散を要求し続けているという。しかしチャゲ(61)には二人でステージに立たなければならない理由があった。ASKAの薬物使用で中止になった活動再開と、チャゲアスの“聖地”と呼ばれた代々木体育館でのライブを実現したい。もう一度原点に返ってやり直せれば――。

https://jisin.jp/entertainment/interview/1756474/

 

jisin.jp

 

苦難に立ち向かい、やがて成功に結び付けることが、パートナーと共に何らかの活動をする「意義」なのだと思いますが、あらゆる関係性で「活動で成果を出す」には、それぞれ相方との絶妙なバランスが大事(時に「〇対〇」)と言われることがありますが、ASKAさんのブログを読み解く限り、それは「ASKA(7):CHAGE(3)」であり、その「バランス変更」についての食い違いがあったのは事実でしょう。

 

さて今回は、CHAGE and ASKAが通算40年の活動の中で発表したシングルレコードおよびCD全てを確認して、彼らのバランスについて考えていきます。

 

【目次】

1.作詞を担当したのは「3(CHAGE):7(ASKA)」

2.作曲を担当したのは「5(CHAGE):5(ASKA)」

3.A面扱いの楽曲は「1(CHAGE):9(ASKA)」

4.まとめ

 

 

0.前提事項

①調査はシングルレコードの所謂、A面(1曲目)・B面(2曲目)の作詞部門・作曲部門・1曲目をメインで作詞作曲した方としました。

②同じタイトル楽曲のアレンジ違いが収録されたもの、カバー曲、別アーティストと共作した楽曲は調査対象外としました。

③個人的な主観での調査の為、ご了承願います。

 

1.作詞を担当したのは「3(CHAGE):7(ASKA)」

CHAGE and ASKAのシングルは全48タイトル。収録曲をB面以降の楽曲も足していくと、2曲目そして楽曲づくりと実に93曲がリリースされたことになる(前提②の上での話)

 

歌唱の両方を行う「シンガーソングライター」であるお二人。

一部の楽曲を除き、CHAGEかASKAのどちらかが「作詞」または「作曲」、そして両方を行っている。

完全に別の「作詞家・作曲家」からの「作品提供」を受けた楽曲は無いと言って等しい。

集計をしていくと、CHAGEが作詞したタイトルは16。一方のASKAは53。

そしてCHAGEとASKA共作の楽曲が3。

綺麗に比率を割る事は出来ないが、分母を上記の数を足して72曲とすると。

「3(CHAGE)」対「7(ASKA)」の比率となった。

なお、他の21曲については、後述の楽曲リストをご覧いただければわかる通り、著名な方やCHAGEとASKAと親交の深い(後に深くなった)方々がずらり。

チャゲアスの作品を、より高いクオリティにする為に必要だったことが伺えます。

 

2.作曲を担当したのは「5(CHAGE):5(ASKA)」

続いて作曲部門。こちらは綺麗にわかれている様です。

 

レコードであれば「両面が音楽情報を記録した盤面」ですので、今再生しようとしている曲はなんだっけ?とならないように、A・Bを分ける必要がありました。

時は過ぎCD主流となっても、CDを再生するごとに「曲目」を明確に分ける必要があるし、便宜上1番、2番を決めなくてはなりません。

また、リリースにあたり決して「捨て曲」「在り合わせ」「抱き合わせ」ではなく、順番は考慮されてのこと。

 

リスナー側としても「発表される作品によってムラ(感動の度合いがある)」では、困りますし、媒体(レコードやCDの記録領域)の限界もあります。

 

すべてをASKAの楽曲で行く!!と、言うこともできたかもしれませんが、CHAGEとASKA両方のキャラクター(人間性や作風)があって、多くのファンに支持されていた背景もあります。

 

アルバムであれば、10曲以上の曲目の中で比率は変わってくると思いますが、シングル形態はアルバムより流通しやすく(安価なことも理由の一つ)、CHAGEとASKA両方を売り出すためには、CHAGEの楽曲を「必ずシングルに入れる」と言うのはレコード会社側の戦略もあったかもしれません。

 

集計をしていくと、CHAGEが作詞したタイトルは45。一方のASKAは48。

綺麗に比率を割る事は出来ないが、分母を上記の数を足して93曲とすると。

「5(CHAGE)」対「5(ASKA)」の比率となった。

 

 

3.A面扱いの楽曲は「1(CHAGE):9(ASKA)」

 前述したとおり、CHAGEとASKAのどちらも引き立つバランスとなるようにシングルは発表されています。※デュオの名称も、そのまんま。

 

かつてはリリースしたレコードの面は 「飛鳥side」「チャゲ side」としていた時期もありますし、1986年のレコード会社移籍前のワーナー最終作品「誘惑のベルが鳴る(CHAGE)」「オンリーロンリー(ASKA)」や、事実上最後の作品となってしまった「Man and Woman」「Here & There 」については、ジャケット写真を合わせると1枚モノの写真になるなど仕掛けがしてあったりしました。

 

ちなみにCHAGEが作詞・作曲し、リリースされたシングルは下記の6曲

・放浪人(TABIBITO)

・誘惑のベルが鳴る

・Count Down

・ロマンシングヤード

・夢の飛礫

・Here & There

 

いずれも「知る人ぞ知るCHAGE and ASKAの大ヒット曲」とまではいきませんでしたが、CHAGEさんの作詞・作曲したシングル曲は「これぞ」と言うキラリと光る「想い」があり、私には堪らないものがあります。

 

特に、「夢の飛礫」。

www.youtube.com

CHAGE and ASKAと言うデュオ結成の原石となった「終章~エピローグ」を初めて聴いた日、以来、強く、心を打たれました。いや心を抱かれたと言った感じです。

 

この「夢の飛礫」を繰り返し聴いていた時期、私はとても塞ぎこんでいたので、より暖かく、柔らかく心を包んでくれた様でした。

他のアーティストの作品でこれだけ感動したことはない。

 

さて、リリース時のA面タイトル集計をしていくと、CHAGEが作詞・作曲したタイトルは6。一方のASKAは42。

綺麗に比率を割る事は出来ないが、分母を上記の数を足して48曲とすると。

「1(CHAGE)」対「9(ASKA)」の比率となった。

 

4.まとめ

今回は、リリースされた全シングルからのバランス考察がテーマでしたが、みなさんの印象として、「ASKA」と「CHAGE」のバランスはどのように映ったでしょうか。

 

ただ、動画サイト等で「CHAGE and ASKA」のパフォーマンスを見ることが出来ますが、CHAGEは「ASKAの脇で、華を添えるピエロ(時に踊り、コーラスを重ねている位に見えるかもしれないが)」ではないことを少しですが、本エントリーにて証明したかった。

 

楽曲を作り、アレンジを加えてレコーディングし、レコーディングされた楽曲をオーディエンスに向けてステージパフォーマンスをするアーティストですから、一概に「公式にリリース」された情報だけでは、「成果に対する役割(活躍・貢献)」は言えない。

これが、私の解答です。

 

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チャゲ&飛鳥 愛すべきばかちんたちへ

チャゲ&飛鳥 愛すべきばかちんたちへ

 

 

家事なんて適当でいい!?家族と笑顔で生きる秘訣。

独りで生きていくにも大変なのに、パートナーと「生きる」と決断した後には、結婚、出産、育児、さまざまなイベントが待ち伏せています。

 

「幸せ」は、待っているだけでは訪れないものかも知れません(行動あるのみ?)が、「幸せになるため」に、やること・やりたいことを想像しただけでも「うんざり」してしまいませんか?

 

大好きで愛しているパートナーと一緒に暮らす(くう・ねる・あそぶ)。

とても「幸せな事」だと、思います。

 

その前提として、距離を置くわけではないけれど、「割り切る」。

これも時には「必要なのかなぁ」と、私も悶々としていた時がありました。

 

大切に思うパートナーとの「軋轢(あつれき)」があって、一時、関係は破綻しかけました。

それでも、一緒に居たい「幸せ」と感じる時があるから、「どうすれば一緒に居て『幸せ』を感じる時間を増やせるだろうか」ずっと考えていました。

 

そんな時、ふらっと立ち寄った書店にて、本エントリーで取り上げる書籍、ボンベイさんの「家事なんて適当でいい!」に出会いました。

 

書籍は「家庭(炊事・掃除・洗濯・貯蓄・健康)」と言ったカテゴリーのコーナーに置かれていましたが、ボンベイさんは、「家事・育児」のプロではなさそうです。

 

ただ、何故か書店でのパラパラ読みをして、「じっくり読んでみたいな」と惹かれたのです。

 

さて、本題になりますが、「家事なんて適当でいい!」を読んで、大事だなと思った部分を感想と自分に置き換えられることを整理していきたいと思います。

 

まず、ボンベイさんて誰かな?と、言う方は、ボンベイさんのブログをどうぞ。

 

bonbei.net

 

【目次】

1.楽になる家事

2.楽になる育児

3.まとめ

 

1.楽になる家事

本書の第1章は「家事できなくても死なない」

と言うショッキング(家事のノウハウを求めている人には)なタイトルからはじまります。

 

「家事」は家庭の中で重要な事である。と、誰もがきっと思っていて、誰から見ても完璧だと思われるように出来れば良いにこしたことはない。

けれども、時間・道具・経験値と言った制約があるのも現実。

 

例えば、家事の中で「ご飯を炊いて」と、言われた時に、「所要時間」「道具」「手順の記憶」が自然に「パッ」と浮かんで行動に移せればベストでしょう。

 

ところが、時間・道具・経験値のいずれかがかけても難しいでしょうし、心の部分(失敗は怖いなとか、いまはやりたくないとか、、、)も相まって、「なかなか行動に移せない」「おろそかになっている」なんてことは、みなさんもあるかと思います。

 

ボンベイさんはこの本の中で、まず「家族が死なないこと」を優先した行動を取られていることを書いています。

 

炊事では「離乳食は全食ベビーフードでOK!宅配、レトルト、冷凍食品もフル活用」

 

洗濯では「洗濯は、洗濯乾燥機の一択」

 

育児では「赤ちゃんの入浴は2日に1回」

 

他にも、掃除は「ルンバとブラーバにおまかせ」など、昭和・平成・令和と3つの元号を生きてきた私には刺激的な発想が(笑)

 

「時代は変わったのね」とか、「金で解決しているだけ」などと嫉妬心を感じないことはありませんが、「道具」への投資(お金はかかる)ではなく、大事なことは「今(このひととき)を家族と笑顔で生きる」と言うマインドとモチベーションの持ち方は参考になります。

 

「自分自身の価値観」は、自分自身がこれまで生きてきて触れたもの、失敗や成功の積み重ね、周囲の人たちの愛情の注がれ方で形成されていること。

 

みなさんも胸に手を当てて自分に聞いてみて欲しい、「自分自身の価値観」は100%正しいでしょうか。

 

そして、「家族(親・パートナー・子供・孫)」が笑顔で生きる為に、「自分の負担と思う事」を「捨てたり割り切っていく」ことは、間違っている事なのでしょうか。

 

家族は「親」「パートナー」「子供」「孫」など自分以外の肉親とで構成されていると思いますが、「自分自身」が中心にあってこそです。

 

2.楽になる育児

私のパートナーは11月に出産を控えています。

 

待望の子供。子供の成長は「一喜一憂」だけではない、たくさんの、はじめて(経験)が待っています。

 

「どうして」「なにが悪いの」と言った疑問や思い通りにならない育児に、疲れ果ててしまいそうかも、なんて今から考えるだけでゾットしてきます。

 

 

綺麗ごとではなくて、感情が爆発してしまうこともあって当然です。

そんなときの対処法として、ボンベイさんは以下の事例を挙げられています。

 

【ボンベイさんの事例(要旨)】

・「行儀」や「しつけ」は、適していると言われる「時期」(いいつけ)に苦労するのではなく、我が子の成長を見極めて適宜する。

 

・「子供が泣き止まない」については動画サイト等を視聴して「我が子」ではなく「自分の感情(いらいら)」から距離を置いて見守る。

 

・寝る前にキャッキャと一緒に大騒ぎして「子供の欲求を発散させる」ルーティンを1日に1度設けて、全力で子供と向き合う時間を作る。など

 

我が子が「かわいい」「大好き」「愛してる」事は、永遠に変わりませんが、「我が子と向き合う自身の一生」。

 

その「一生の何分の1」のイベント(時にトラブル)の1秒には、「もうやってられない(死にたいとか)」「すべてを無かったことにしたい!」と思ってしまう事もあるでしょう。

 

両親から教えられた「ああしなさい・こうしなさい」に従ったり、育児図書に書かれているようなノウハウを参考にしたりすることは、「私たち自身」、そして大切な「家族」にピッタリとはまるものばかりではないのかも知れませんね。

 

 

まとめ

今回紹介した、ボンベイさんの「家事なんて適当でいい!」は他にも、「楽になる行動」「楽になる考え方」と言ったテーマの話題で「ボンベイさんの生き方」が書かれています。

 

本書は冒頭にお話しした通り、所謂「家事本」ではありません。

お読みになった方の中には、ボンベイさんの主張や思想、行動に「合点がいかない」部分もいくつか出てくるのではないかなと思います。

 

一見、ボンベイさんは「変わった人」に写るかもしれません。

ただ、読了後、その印象は私の中で大きく変わりました。

 

家事・育児etc。「なんでもかんでも抱え込んで完璧にやらなくちゃいけない!」と強い不安感や劣等感(プレッシャー)を感じていたり、「家庭の中では失敗ばかりで自己肯定感が失われている」方は一度読んでみてはいかがでしょうか。

 

ボンベイさんと同じ事をすることは私にはできませんが、

「家事」を大事に生きる事が全てじゃない。

「家族」が笑顔で生きる事が全て。

このメッセージを本書から頂きました。

 

ボンベイさん、ありがとう。

 

 

家事なんて適当でいい!

家事なんて適当でいい!

 

 

 

麺もおいしい!ペヤングのソースラーメンを食べてみた!

まるか食品㈱のロングセラー商品である、

「四角いけれど、味はまろやか」な「ペヤングやきそば」。

私としては小腹が空いたときの深夜に「むしょうに」食べたくなる、カップやきそばです。

 

そんな「ペヤングやきそば」と、パッケージはそっくりだが「ペヤングソースラーメン」なるものをコンビニで見つけたので、早速トライしてみました!

似てるけど違う、「新しい味」。是非、お試しいただきたい。おいしかった。

 

【目次】

1.ソースラーメンは実は大衆的?

2.ペヤング「ソースやきそば」の気になる中身

3.果たして、そのお味は

4.まとめ

 

1.ソースラーメンは実は大衆的?

現在、千葉県船橋市に住んでいる私ですが、実は、このペヤングの「ソースラーメン」がはじめての、ソースラーメンとの遭遇でした。

と、言うのも千葉県船橋市にはソールフードとして「ソースラーメン」が存在するのです!!

 

icotto.jp

 

戦後、船橋駅に店を構えていた「花蝶(現在・閉店)」の“ダイヤキ”をルーツとしている、ソースラーメン。伝統の味を受け継ぐ店も少なくなり、よもや幻のラーメンとなりかけていました。そんなソースラーメンに再びスポットライトがあたりはじめたのが2012年。地元のラーメン店によって「船橋ソースラーメンプロジェクト」なるプロジェクトが発足し、ソースラーメンを提供するお店が広がってきたのです。

https://icotto.jp/presses/9260

 

と、言うことで船橋市だけではなく、国内?海外?津々浦々で「ソースラーメン」※所謂「ソース」を「麺類」と組み合わせた、「汁麺(造語かも知れないが、スープと麺を一緒に食すもの)」は存在していたのではないだろうか。

 

 

「船橋ソースラーメンプロジェクト」は2012年の発足との事ですが、発足まで根強い「ソースラーメン愛好家(ファン)」がいらっしゃった事は想像に難しくないですね。

そして、まだ発足から7年目(2019年現在)との事なので、船橋のラーメン店に行けば必ずと言っていいほどメニューに載っているとまではいかないかも知れませんが、上記のブログ様で紹介の店舗は船橋市内(特に中心地)を散策すればすぐに見つかる場所。

 

 

中でも、阿修羅さんではタンタンメンをいただいたこともある。

次こそは、ラーメン店でのソースラーメンを食べてみたいもの。で、あります。

 

さてさて本題の、まるか食品「ペヤング・ソースラーメン」について、ご存知の通り群馬県伊勢崎市の老舗食品メーカーさんです。

 

もしかしたら、千葉県船橋市市民だけでなく「熱烈なソースラーメン愛好家」の欲求(深夜、小腹が空いたときには特に!)を手軽に満たしてくれる、救世主になるのかもしれない!

 

2.ペヤング「ソースやきそば」の気になる中身

まずはパッケージから。「ペヤングやきそば」と同様のホワイトカラーにペヤングロゴはレッド、おなじみのブルーの「のれん」には「ソースラーメン」とイエローの印字。

 

パッケージも初期のトレー容器を模した凸凹(湯切り時のすべり止めであったり、蓋と容器を固定する為の工夫でしょうか)もプリントされている!!

似てる。でも、全然違いそうでもある。内心ハラハラしますね。

 

「Big」とありますが、麺の量は100gと、やきそばより控え目。

その分、スープでラーメンを堪能するので、軽食として十分満足な量では無いでしょうか。

 

使用するお湯の目安量は、やきそばが480mlに対して、ソースラーメンは500mlです。

 

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フィルムを剥がし蓋を開けると、かやくと「スープ」の小袋が2つ。

「ソース」ではなく、「スープ」の素であることの証明。

具材は、キャベツ、ニンジン、もやしの3種。

残念ながら、ミンチ・形成された「肉」や「ふりかけ」と「スパイス」がありませんでした。別途用意して、チョイ足ししてもいいかも!

などと食べる前から想像(妄想)してしまってすみません。

 

「スープ」は、やきそばの様に麺にからめるものではないので(スープだもの)、油のドロドロ感が無くてサラっとしていました。

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気になるのは「麺」。

購入前は「やきそば」の様なフライ麺を想像していましたが、それとはまた一味違うカラッとしたタイプの麺がお目見え。

 

まるか食品㈱さんのwebページによると、「ノンフライ麺」のようです。

程よく麺をもどした後に湯きりしてソースをかけながら水分を飛ばして作る「カップやきそば」とは違い、ソースを味わいながら麺を食す「ソースラーメン」であるならば、麺は「のびずに、ツルツルの食感が楽しめる」ようにと、ノンフライタイプにしたこも頷けます。

 

www.peyoung.co.jp

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かやくを、麺の上に「ザザー」っと。

やっぱり、肉が無いの寂しい(心の声)

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3.果たして、そのお味は

そんなこんなで中身を確認しながら、お湯が沸くまで待つのも、お湯を注いで3分待つのももどかしい、嗚呼、もどかしい。

 

お湯は前述の500mlを注ぎ、3分弱待ちます。

ここでペヤングソース、、、ではお約束の湯切りはせずに、ソースもとい「スープ」を丼に流し込む。

 

小袋で確認した通りの、さらさらしたソース(もといスープ)。

さっとお湯に溶けて、一気にあの「ペヤングやきそば」の香りが立ち込めました!!

 

しばし、香りを堪能。

これは、いいものだ。とても、いいものだ。

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早速口に入れての印象は以下の通り

①麺は、ツルツルでコシがある(のどごしなめらか)

②スープは真っ黒な汁だがクドすぎない(あっさりすっきり)

③かやくの野菜はシャキシャキ(ほどよい歯ごたえ)

想像以上にバランスの取れたラーメン。でした。

 

どろっとしたソースを「飲む」と言うのは抵抗を感じてしまうかもしれませんが、ラーメンのスープとして、こうも調整されると、好きな人には堪らず、はまってしまうかもしれない。

 

4.まとめ

 今回のレポートはいかがだったでしょうか。

私の勉強不足ですが、カップ麺をはじめとするインスタントラーメン業界は日々進化していますね。

意外と組合せと思え、敬遠していた「ソース味のスープ」は、新たな食の喜びを感じさせてくれたと思います。

ソースだけに、揚げ物(トンカツとかコロッケとかアジフライとか)と組み合わせると

ますます良さそうです。

 

是非、みなさんも一度、オリジナルトッピングなどを添えて「ペヤングソースラーメン」をお試しあれ!

今度は船橋市内の名店の「ソースラーメン」を食べに行きたいなぁ。

 

では!!

解散はない!ASKAさんのチャゲアス脱退宣言についての考察

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2019年8月25日 12:07

CHAGE and ASKAの「ASKA」さんが運営するブログにて、「CHAGE and ASKA」からの脱退が発表されました。


「CHAGE and ASKA」の再始動を、ひたすら待ってくれている多くのファンの方々の気持ちを前にして、
私には、それはできません。

手を替え、品を替えで、ただ延命するより、いっそ解体して、
新しく積み上げることの方が建設的だと思うのです。

手を繋ぎ合った複合体は、どれだけ長く手を繋いでいられるかが重要ではありません。
手を繋いだ時に、何ができるかだと思うのです。
何もできない複合体であるならば、複合体の意味がありません。

https://www.fellows.tokyo/blog/?id=1619

 

チャゲアスの再始動。それを待ち望む私達。

久しぶりのDVDリリースも発表されたばかりでしたから、2019年月25日、チャゲアスの40周年にあたるこの日に、「チャゲアスの再始動」のニュースを多くのファンが待ち望んでいたことでしょう。

 

ただ、現実は違った。

 

そんなCHAGE and ASKA 40周年にこれからの方向性をASKAさんのブログを通じて知る事が出来た。

僕は「脱退にいたる最大の理由が見えてきたように見えるので、このエントリーを書いてみようと思います。

 

まずは、CHAGE and ASKA」の活動の中で、僕なりに大きなポイントであったと考える(ユニットとしての成功)出来事から。

 

1979年以前~デビュー

8月25日、ワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)よりシングル「ひとり咲き」でデビュー。デビュー時のキャッチコピーは、“九州から大型台風上陸!熱い喉が衝き叫ぶ!”。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

1980年頃~万里の河ヒット

シングル「万里の河」をリリース。秋には『学園祭コンサート』を行う。なお、「万里の河」は年末からチャート上位になり、初のヒットシングルとなる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA


1986年頃~レコード会社遺跡

キャニオン・レコード移籍後初のシングル「モーニングムーン」がスマッシュヒット。この年はシングル4枚、アルバム2枚、アナログ盤限定でミニアルバム1枚を発表。コンサートも夏に横浜スタジアムで開催する等、1年を通して精力的な活動を行う。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

1989年頃~デビュー10周年ソロ活動の始まり

デビュー10周年。シングル「WALK」、「LOVE SONG」をリリース。デビュー日にリリースしたアルバム『PRIDE』は、『熱風』以来となるオリコンアルバムチャート1位を獲得する。しかしその後、CHAGE&ASUKAとしての活動を半年間休止。ASKAは渡英し、楽曲制作。CHAGEはバンド"MULTI MAX"を結成。この時解散を噂されたが、2人はそれを否定した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

1991年頃~SAY YESの大ヒット

アルバム『SEE YA』から「太陽と埃の中で」をシングルカットし、ロングセールスを記録する。そして、フジテレビ系ドラマ『101回目のプロポーズ』の主題歌となったシングル「SAY YES」が、デビュー12年目で初のシングルチャート1位を獲得。大ヒットシングルとなり、オリコンシングルチャート13週連続1位、累計売上枚数が約282万枚となる記録を樹立する。また、10月にリリースされたアルバム『TREE』は発売2週目でミリオンセラー達成、当時史上最高のセールスを記録。11月には「僕はこの瞳で嘘をつく」をシングルカットし、こちらもオリコンシングルチャート1位となる。ASKAは、3月にリリースしたシングル「はじまりはいつも雨」、6月リリースのアルバム『SCENE II』でもミリオンセラーを達成する。この頃、飛鳥涼の衣装を真似る人や、カラオケでのCHAGE&ASKA曲の人気など、巷ではチャゲアス旋風が巻き起こっていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

 

と、40年中の5年の期間を挙げてみたのだけれど、いくつかの「出来事(周囲から見れば奇跡的、当事者のCHAGEさん、ASKAさんから見れば必然的に起こった・起こした事柄)」を経ての、「40周年」。

その「40周年」を記念する日に表明(発表)された「メッセージ」は長きに渡ってファンであった僕自身の心を深く切り刻み、、、。

 

と、言うことはそれほど無かった(と、言うと嘘になり、心身が不安定になった。)。

 

その理由、これを『ASKAさんの「CHAGE and ASKA脱退」についての「〇〇の考察」』と言うこのエントリーにて述べさせて頂きたい。

 

1.いきなり結論「CHAGE and ASKAの解散」はない

最初に結論を書くと、

ASKAさんはブログの中で、「解散」ではなく、「脱退」と言う表現で、「CHAGE and ASKA」としての活動に「ピリオド」をつけようと言う考えであることが伺えました。でも、これはピリオドであり、エピローグではない。

 

「CHAGE and ASKA」はCHAGEさんとASKAさん、「二人」のユニット。

「解散」?「脱退」?どちらも「それぞれ別々の道を歩きましょう」と言う事実(無期限に混ざり合うことの無い時の流れ)はあるのでしょうが、「解散」と「脱退」は全く違う意味であり、ASKAさんが表明したのは「脱退」です。

 

単語のニュアンスを深堀すると「解散」は「ユニット」を解消することを「それぞれが同意」して、「散る(それぞれの道を歩く)」こと。

しかし、「脱退」は、「CHAGE and ASKA」の「殻(形どっているもの)」を脱ぎ捨てて「退く(このままの殻(形どっているもの)から別の道を探そう)」と言うことになります。

 

CHAGE and ASKAとしての活動は40年。

ある特定の「殻(活動によって築き上げたもの)」をかぶっていると、ASKAさんにとって「CHAGEさんにとっても良い事はない」と思う事があったのではないでしょうか。

 

賛否両論がありますが、ASKAさんの動きは「覚せい剤使用による事件」を経て、これまで以上に「活発である」と僕は見ています。

 

積極的な「ブログの更新」「音楽作品の発表」「新たなビジネスへの挑戦」などなど。

 

当たり前のように思えてしまいがちですが、ひと昔前なら「ファンクラブのVIP会員でなかれば知りえない情報」を惜しげもなく、ASKAさんはさらけ出し、愚直に「自身のなかで『最良の選択』」をして、それを「具現化(具体化と言うマインドのものでは無く、実際に行動に移している)」姿に、憧れます。

 

日本の法律を逸脱したことは問題。

でも、ファンの期待に応えられないことは、もっと問題。

であると真摯に考えている事なのだと思う。

 

その中での「脱退」の表明です。

CHAGEさんのことが「嫌い」とか「好き」ではなく

CHAGEさんとのユニット上の評価のされ方が「7:3」から「5:5」になることを恐れていたのでもなく

CHAGEさんの「自分(ASKAさん)が困ったときに距離を置かれたかのような態度・対応」に裏切られたと感じたことだけでもなく

CHAGEさんが写真週刊誌に「あたかもCHAGE and ASKAの復活に向けて準備していますよ(それでいてASKAさんとの直接対話は無いことへの怒り)」の発言

 

云々が、様々な所で言われていますが、

僕なりの「ASKAさんの心境」の考察では、「CHAGE and ASKA」の作品の存在価値は「ビジネス」ではなく、「ファンが幸せになる事」。

そして、これを優先させるには、「CHAGE and ASKA」の復活ではない。こと。

 

ASKAさんの願いはどんな形であれ、「CHAGE」さん「ASKA」さんの二人が精力的に、笑顔で音楽活動をしていて、ファンが「これからも発表される楽曲に触れる」環境を作る事だったのではないだろうか。

 

「CHAGE」と「ASKA」が同じステージに立ってパフォーマンスを見たい。

ファンの想いとしては、同じだと思う。

 

ただ、現時点でCHAGE and ASKA復活(例えば二人による新たな楽曲、ライブ開催の発表など)が、40周年を迎える2019年8月25日にあれば、様々な場所で論争が起こる事となる。

 

これはCHAGEさん・ASKAさん・そして「僕達の音楽を愛するあなた達」による「つながり」を、遠ざけ、もしかしたら「溝を広げ深めてしまう結末を迎える」かもしれないとASKAさんは、CHAGEさん以上に心配したのかもしれない。

※「僕達の音楽を愛するあなな達」とはCHAGE  and ASKAの発表する作品のクレジット(CDアルバムの後半に印字されていプロデューサーやエンジニア、ゲストミュージシャンの名称、映画でいうとエンドロールみたいな)に必ず表記されている「ファン」を指す「人称」。

 

2.CHAGE and ASKAの作品は死なない

「CHAGE and ASKAの作品には二人の生き様」が宿っていると信じている。

 

代表曲の「SAY YES」がテーマ曲となった「101回目のプロポーズ」のさらに銘台詞ではないけれど「CHAGE and ASKA の作品は死にません」。

 

数多ある音楽作品の中から、今日「はじめて、この音楽作品を作ったアーティストを知る、知った後、もっとほかの作品に触れたくなる」そんなアーティストに「めぐりあう」ことは、なかなか「容易い事」ではないのではないだろうか。

 

そんな中で、僕にとって「CHAGE and ASKA」に触れたのが、1991年頃で、それから「僕は僕なりの生き方」で、いくつもの、「人生」を生きてきた。

 

時に誰かを好きになった時は「無上の好意」を持ったり

そして与え与えあう「やわらかな愛情」を感じたり

すれ違う中で感じる「戸惑いを試そう」としたり などなど

 

いま、自分の認識している「自分自身」を突き止めて、そこにピタリとはまる「もの」を探せば「ここにある」と、言うのが、何も隠すことは無い「CHAGE and ASKA」の作品である。と、僕は思うのです。

 

次代や、今、目の前に見えているものは違うのだろうけど、CHAGEさんもASKAさんも「それぞれの生きてきた」なかで、なにか形にできないかと絞った結果が彼らが発表した楽曲。

 

そこに、自分の「生きてきた道」と「これから自分が歩く方向」を重ねることが出来るものがあるって、素敵な事じゃないですか。

 

そしてそれが出来る「僕の唯一のもの」は「CHAGE and ASKA」の作品だと信じています。

 

だから、「CHAGE and ASKA」の発表したいくつもの作品は「死なない」。

これからも僕らと共に、「生きていく」んです。

 

「CAHGE」さん「ASKA」さんの二人で作り上げた作品(生き様)は、「永遠に、どんな時代でも聴く人を魅了し、そのメッセージが人と人とを結びつける」のだから。

 

最後に、ASKAさんがブログで発信した「CHAGE and ASKA脱退」に関する抜粋・全文などは、メディアさん・にわかブロガーさんがおもしろおかしくコメントしつつ掲載されているようなので、当ブログには載せていません。詳細を確認したい方はASKAさんのオフィシャルブログよりどうぞ。下記のリンクから。

※2019年8月28日現在、fellowsメンバー限定のコメント(ブログ記事)もロック解除されていますので、どなたでもお読みいただけます。

https://www.fellows.tokyo/blog/?id=1619 

 

妻はXジェンダーそして「人」※追記

この記事が第3者のみなさんの「関心ごと」として捉えられ

「多様性な社会」を唱える非当事者の方には「現実」として直視され

僕と妻が、「生きづらい社会」でも「生きている」ことが

この話の読了後に「誰の心にも」響き、社会が一歩ずつ歩を進めていることを願っている。

XジェンダーX-gender)とは、出生時に割り当てられた女性男性性別のいずれでもないという性別の立場をとる人々を指す。両方を区分する限りでは、中性、無性、両性、性別という枠組みから脱する、女性か男性か定まりきらない流動的であるというあり方など人により様々である。

女性の体に生まれ、性同一性がXジェンダーである人を「FtX」、男性の体に生まれ、性同一性がXジェンダーである人を「MtX」、男性の体・女性の体に非典型的なインターセックスの体(性分化疾患)を持ち、性同一性がXジェンダーである人は、自身を「XtX」と呼ぶことがごく稀にある[1]

読み方はエックスジェンダーであり、クロスジェンダーではない(数学用語の「第一の未知数X」の類義語であり、「交差」の意味は無い)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/X%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%BC

0.妻との奇跡の出会い

妻と出会ったのは、2016年の7月の事でした。

確か何かのイベントで、たまたま同席し、「お互いの存在を知った」程度で、「であった」と言うには、程遠い距離だったのを覚えている。

妻の苗字を知る「きっかけ」で、あったことを「出会い」と思いたい。

そんな距離感です。

 

顔とか、姿とか、惹かれる「きっかけ」は色々、人さまざまなんだと思いますが、

「〇〇さんと言う人がいる」と言う「きっかけ」から発展することは、稀ではないでしょうか。

 

ひとまず、同じ職場に「〇〇さん」と言う人がいて、人懐こく、秀でた画力(妻は絵を描くのが得意です)で、賑わせている人がいる。

ただただ、それだけだったんです。最初は。

 

1.妻はXジェンダーだと言う(僕にとっては「自称」の感覚)

「妻がXジェンダー」だと知ったのは、お付き合いをして、すぐのこと。

 

「内心」も「今も」変わらず、妻は「Xジェンダー」であることを、悩み葛藤しています。

 

しかしながら、僕は「性別のくくり」を全く意識していない人間なので、「結婚を前提に」ではなくて、妻と一緒にずっといたいから、「結婚」を申し込みました。

 

二つ返事では無かったけど、一緒に生活をはじめてから、1年が経ちます。

※戸籍はひとつになっています。

 

事実上(日本国憲法に則った)の「婚姻関係」が妻とあります。

たまたま、「戸籍上の性別」が、「男女で分かれていた」に過ぎません。

 

妻と結婚生活をしながら、僕なりに日々感じ、考え、望んでいることは「誰もが平等に扱われ、能力を発揮できていると感じれ、生命の保証がされている社会」だけではなく、根本的に「誰もが、いつ、どこにいても、自分の存在を信じ、前向きに生きて支え合っている社会」なんだということ。

 

現在、妻は妊娠11週目です。

性別(戸籍)上は「女性」であることに「違和感」を感じている姿を、僕は毎日、目の当たりにしています。

※妊娠がわかった最初の頃は、妻は本気で「お腹の子供を降ろしたい」と言っていました。妻が生まれ育った環境も複雑なようで、母親像すら、苦痛だと言うことの様でした。

 

 

性別。年齢。国籍。戸籍。生態。

さまざまな人を受け入れようという考え方が、近年は進んできていると思います。

 

「多様性(ダイバーシティ)」と言うキーワードは、誰もが日常的に(とは、いかないか)耳にする概念として、浸透してきています。

 

「多様性」の出発点は、「色んな人がいること」を「認める」とか「活用する」とかの活動は、政治・政策的に進められています。

 

「障がい」「性別」「学歴」「国籍」「年齢」などの「区分」は、僕としては「無意味」だと思いますが、「線の引き方」が、これまでの日本・社会は下手だったんだろうも思います。

 

社会の中で「役割」を割り振るためには、大多数の「賛同」「信用」を得られなければなりません。

 

「自分との共通点探し」が、あらゆる選択の中にあるんじゃないかなと。

(例えば、外出先でランチを考える際にも「空腹感」「金額」「混雑具合」「昨日食べたもの」などなど、自分の環境にピタッとはまるもの(体が受け入れようとする共通点)を探しませんか?)

 

「社会「的に存在している「個人・個性」を線で引くことの「良し悪し」の話ではなく、大多数から「(じぶんはそうじゃないけど)理解しよう」と言う「波」を起こすにはエネルギーがとても(図れない、数字や図で表せない位)必要ですね。

 

「妻が自身の性の事を『Xジェンダーである』」と話をしてくれた時は、「驚き」のようなものは無く、「Xジェンダーっぽい(よくメディアでやってるホモとかレズとかオカマとかオネェとか、そういう表現ではない)」とか、まったく「気にしない」自分がいた。 ※あくまでも、妻と向き合う僕の当事者としての視点で書かせていただいた。他意はない。

 

僕が妻に惹かれるものが、「異性」とは「別次元のもの」だからなのだろうか。

 

 章のタイトルに副題のように「自称『Xジェンダーの妻』」と書きました。

 

社会なんて大きなものではなくて、もっと小さな周囲の環境の中での『通称』ではないし、「僕は何も『妻』が『いつも通りの妻(僕と妻が「食う・寝る・遊ぶ」で何も不自由しない関係、一緒に居ると、癒されるし和むつながり)』でいるから。

 

「自分を何かに置き換えて、相手に自分のことを理解してもらいたい」と表現するから、「自称」

 

僕の中では、妻が「Xジェンダー」であろうともなかろうとも、「妻」の「個体」を認識し必要としているから、あくまでも「自称」のことと思ってしまうのです。

 

 2.妻は「戸籍」だけでなく、身体の構造は「女性」である

これまでの話の中で、「性別違和(生まれ持った身体的特徴を、所謂「男」か「女」かで区別されることに「違和感」を感じる事)」の悩みを抱える妻が、「僕のパートナーとして生きていてくれている」ことを書きました。

 

妻は2019年の月で、「妊娠5か月目」になりました。

 

文字では表現のしようのない毎日があり、様々な葛藤が妻にはあったことでしょう。

もともと身体が華奢なタイプなので、「身体的(お腹が大きくなるとか)」な変化はありませんでしたが、「つわり」は本当に大変そうでした。

 

表情、言動、様々な変化。

 

今年の4月に「子宮を摘出したい(子供も含めて)」と、妻に言われた時、僕はひどくショックを受けました。※妻が自身で探してきた病院で「中絶」の承諾書を貰ってきて、僕の眼前に突きつけました。離婚届けも添えて。

 

ただでさえ、「性別違和」を感じない人でさえ辛いと言われる「つわり」。

 

「妊娠中の女性であること」を「自認せざるを得ない状況」に追い込まれる(追い詰められるに近いかもしれない)ことの苦しみは、相当のものであっただろう。

 

僕は、妊娠中に「安定期は無い(比較的に妊娠初期のようなダルが無いだけで、妊娠前に戻る訳ではないこと)」と受け止めています。

 

今、5か月目を迎えて、妻の「毎日の過ごし方は、妊娠初期より穏やかである」と言った印象です。

 

「妊娠」をきっかけに、「妻自身が『自分は女性である』ことを再認識してしまった」事は事実ですが、「命の誕生」とは別の話です。

(今回の一件で、身体の作りとして「男」の構造である僕は、どうやったって「赤ちゃんを産む」ことは出来ないし、「性別違和に悩む妻」にしか、「赤ちゃんを産む」ことは出来ないこともわかりました。)

 

奇跡なのは、僕と妻はパートナーであり、戸籍ではなく、身体の作りは「男女」で分かれていたことにより、「赤ちゃんが産まれてくる(二人の個性を合わせた形。二人で愛情を注ぐ宝物の誕生)の機会を持てたことを、今二人で心から喜んでいます。

 

将来(10年後、20年後)は目に見えませんが、妻のお腹の中の子供が無事産まれ、やがて大きくなって「おとうさんが2人いるような家」とか「おかあさんが2人いるような家」でも良いのだと僕は思います。

 

ただ性別を区切りとした「男がやる事」「女がやる事」と言う、これまでの「役割分担」に、僕は違和感を感じざるを得ない。

 

例えば昔話の「桃太郎」では、大概「おじいさんは、山へ芝刈りに」「おばあさんは、川へ洗濯に」行く。

けれども、どっち(おじいさんでも・おばあさんでも)が「芝刈り」「洗濯」しに行ったっていいじゃないか。と。

 

パートナーと「生活をする(付け加えると、才能・技術・個性が発揮されるものがいいかな)」為の分担が理想なのだと思う。

 

実のところ、我が家では「炊事」は僕が担当。「洗濯」は妻が担当してくれています。

 

ただ、「食器洗い」「掃除」だけは、お互い面倒くさい。

 

「ザっと洗いで、水が食器に残っていてもペッペとシンクに落として終わりの『僕』」と、「ピカピカに油を落として、からっからに乾かすまで布巾で拭き取る『妻』との間で真っ向からぶつかり、妥協点が見つからないので、Panasonicの新型食洗器を購入しました。

 

性別ではなく性格の問題もありそうなので、話を深堀すると飛躍しすぎますが、「食器洗い」を食洗器に分担したことで、僕と妻で共有する時間が増えました。

 

こんな二人の生活が続きます。

 

1年前、今日、1年後、もっと先。

「二人の関係性(互いに求めるもの)」はどんどん変化していくんだと思います。

 

いつだったか、妻の友人に結婚の報告をした折、「なんで、こんなのがいいの?(ひどい言い方かもしれないが、友人なりに妻の事を「愛しているところ」があるだろうから、そんな聞き方を僕にしたんだろう)」と質問された。

 

「人として、(妻が)魅力的な人だから」と僕は答えた。

この理由は、死ぬまで変わらないんだと思う。

祝60周年!ひよこちゃんどんぶりで食べるチキンラーメン

すぐおいしい。すごくおいしい。のCMでおなじみのチキンラーメン

 

2018年は日清食品の「チキンラーメン」が生誕して「60周年」の節目なんだそうである。

 

お湯を入れて3分。その後の即席カップ麺の調理方法につながる布石となった、そんなチキンラーメンを、とことん深堀してみましょう。

 

【目次】

1.日清食品「チキンラーメン」の歴史

2.「チキンラーメン」を原点にかえりつつ、「どんぶり」で食べてみる

3.まとめ

 

1.日清食品「チキンラーメン」の歴史

 チキンラーメンの6周年の誕生日(8月25日)がもうすぐやってきます。

安藤百福(日清食品創業者)が発明しました。
チキンラーメンが生まれたのは昭和33年8月25日。
戦後の焼け跡の屋台に、一杯のラーメンを求めて長い行列を作る人々の姿が脳裏から離れず、「もっと手軽にラーメンを食べられないものだろうか」という思いから、
家でおいしく手軽に食べられるインスタントラーメンの開発にいたったのです。

www.chickenramen.jp

 

いまや「ラーメン」は日本人にとって「大衆的な」料理となっていますが、60年前に想いを馳せると、灌漑深いものがあります。

 

高嶺の花である、ごちそう。

 

であったであろう「ラーメン」を日清食品の創業者「安藤百福」さんが「自宅で簡単調理で作れ、冷蔵庫も普及していない時代に長期間保存できる食品」にしてしまったのだから、すごい。

 

その、ラーメンのラーメンたる根幹。麺。安藤百福さんは「チキンラーメン(即席めん)」の保存方法の相当の苦心をしたようです。

味付けをした麺のうまい保存方法が見つからず困り果てていたある日、夕食の天ぷらを揚げているのを見て・・・、[材料を熱い油におとすと水分が蒸発してコロモにたくさんの穴があく。めんも同じでは?]とひらめいたのです。
めんを揚げると天ぷらのコロモと同じように穴ができる。
その揚げためんにお湯を注ぐとその穴から、めん全体にゆきわたって、もとの状態に戻り、おいしいラーメンに・・・・。
試行錯誤の結果、めんを油で揚げて乾燥させる「瞬間油熱乾燥法」にたどりついたのです。これこそ即席めんなんですね。

www.chickenramen.jp

 

油で揚げることで「乾燥させる」と言う手法。

揚げ麺?かた麺?かた焼そば?魚介や野菜を「うま煮した(八宝菜チックな)」餡をかける中華料理がありますが、同じ原理でしょうか。

 

茹でていない「生麺」、ゆでてある半生タイプの「3食麺」なんかもあったりしますが、それよりも長期間。保存をする技術。

 

アイディアは「天ぷらから~」と書いてありますが、常に同じ水準のものを製造するのは大変。日本全国に今や流通している「即席めんたち」。

手作業で「麺を揚げ続ける」訳にはいきませんものね。製造ラインの構築が出来たらからこそ、今日があるのです。

 

苦心の末に「お湯(熱湯)で戻す、茹でる必要もない麺」が完成したのですね!

 

この技術は、「特許」として登録されました。

 

1 「即席ラーメンの製造法」の特許(油熱乾燥が特徴)・昭和34年1月出願 ⇒ 昭和37年6月12日 登録
・特許299524号 発明の名称:即席ラーメンの製造法2 「味付乾麺の製法」の特許・昭和33年12月出願 ⇒ 昭和37年6月12日 登録
・特許299525号 発明の名称:味付乾麺の製法

 

www.chickenramen.jp

 

2.「チキンラーメン」を原点にかえりつつ、「どんぶり」で食べてみる

さてさて、チキンラーメンが食べたくなった処で、実際に作って食べてみましょう。

よくある「即席袋麺」と「カップ麺」の違いは、「茹でる」か「お湯を注いで待つ」かが大きな違いです。

 

「茹でるタイプ」の袋めんが主流だとは思いますが、「即席(味付)袋麺」の元祖、「チキンラーメン」は「茹でて(1分)」も「お湯を注いで待つ(3分)」も、両方作れます。

 

そんなチキンラーメン。作り方は「どんぶりに、チキンラーメンを入れて、お湯を注いで3分」。でしかありません。

 

お湯の量は茹でる方が450ml。待つ方は400ml。と、若干違います。

今回はお鍋の片付けの手間と使う水の量をエコにするため(けち臭いんではないぞ!)、「チキンラーメンにお湯を注いで待つ」方向でいきます。

 

そこで、買ってきたのが。

 

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これです。

 

「チキンラーメン1食&シリコーンふた付きどんぶりセット」です。

 

日清 チキンラーメンふた付どんぶり 85g

日清 チキンラーメンふた付どんぶり 85g

 

 

3年前の発売ですが、現行品。スーパーで購入しました。

2015年に限定発売されたと聞いていたので、手に入るって。

 

、、、。

 

安心してください。

 

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「60周年」のロゴが入った「チキンラーメン」がどんぶりの中から出てきました。

 

昔、日清食品さんは「缶詰にしたカップヌードル(保存管。タイムカプセルみたいなもの)」を販売されていましたね。いくらなんでも、日清のチキンラーメンは3年も賞味期限があるわけではないと思うので、近所のスーパーで買えるのなら、現行品に決まっていました。

 

早速調理開始です!

 

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セットのどんぶりにチキンラーメンをセットして「チキンラーメンの大改革」とまで言われた、「たまごポケット」に生卵をセットします。

 

どんぶりは、ちゃんと麺が傾かないように底が安定した作りになっています。今回はこの後、冷凍の「ネギをチョイ足し」して、分量通りにお湯を注ぎ(カップラーメンの容器よろしく、内側にお湯を注ぐベストな「内側の線」が入っています)ます。

 

「ひよこちゃん」のデザインがとってもかわいい!シリコーン製のふたは、どんぶりにピタッとはまり、蓋に空いた「3つの穴」が適度に蒸気を出している。

チキンラーメンの為に作られた「オリジナル容器」。日清食品さんのチキンラーメンに対する愛情・こだわりが感じられます。

 

同じ工程で調理すれば、万人がおなじおいしさを「味わえる」ように。

 

この思いがビシビシと伝わってくるようです!!!

 

時間は、きっかり(日清食品さんのチキンラーメンに対する愛情・こだわりへの敬意を払って)3分!!蓋を開けてみましょう!!

 

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お、おう。

 

「シリコーンのふた」にデザインされた「ひよこちゃんのクチバシ」が取ってか!!

軽い力で、蓋が開きます。

熱湯!蒸気に要注意して!!

 

いーーーーぃ※BBゴロー

www.youtube.com

 

 

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生卵は常温にして「たまごポケット」に入れるのがポイントだそうです。あとは電子レンジを使って調理するとパッケージのようにきれいな「たまご」が出来上がるそうですが、ここはご愛敬。

 

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麺はほどよく、調理されています。軽く撹拌(かくはん)して、おいしいスープも出来上がりました!!

 

ちゅるちゅる、はぐはぐ、プハー。

 

気づいたときは、どんぶりの中には「何も」残っていなかったんです( ´∀` )

 

チキンラーメンを楽しむなら、ばっちりのセット。

 

「チキンラーメン1食&シリコーンふた付きどんぶりセット」のご紹介でした。

 

3.まとめ

 いかがだったでしょうか。

冒頭に書いたように、「日清のチキンラーメンが無性に食べたくなった」ことでしょう。

 

バリエーションとして入れる具材を増やしてみたり、炒め野菜やチャーシューなどを添えてみたり、と。

 

外食でラーメン店での逸品を食すにはない楽しみ方が、「自宅で作る即席麺」に、たっくさんありますね!!

 

即席麺、そして日清チキンラーメン生誕60周年。今年はまだまだ盛り上がりそうです。

 

ジャンクフードでしょ?と、あなどるなかれ。

 

みんなで楽しもう!!すぐおいしい!すごくおいしい!日清のチキンラーメン!!!

 

即席麺の生みの親、安藤百福さんに感謝。

 

おいしかった!!

 

 

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