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リライト!もう1回、攻殻機動隊の実写版「ゴースト・イン・ザ・シェル」を見て人生観を改めた。

前文・本文を加筆しました。緑の文字です。

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奥が深い攻殻機動隊の世界。

 

前回「攻殻機動隊」を語った時は4月か。四半期過ぎて映画のエントリーを書くよ。

www.headsamurai.com

 

 エントリーの種としたのはアニメ版の攻殻機動隊ではなくて2017年4月に公開されたハリウッドの実写版「ゴースト・イン・ザ・シェル」です。

 

ちなみに同じタイミングで発売された映像特典を加えた「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」も僕は持っていて、夜を長く過ごせそうな休日の前夜に繰り返し見る映画になっています。

 

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [Blu-ray]

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [Blu-ray]

 

 

 

 

 

久しぶりに某レンタルショップへ行ったところ最新作として「ゴースト・イン・ザ・シェル(名作アニメ「攻殻機動隊」のハリウッド実写化)」がリリースされていました。

 

映画の最新作は映画館で見る!がベストですが、もう一度見たいね。って事でブルーレイ版を借りてきました。

 

あらすじ等は公式サイトでトレーラーなどを見ていただくとして

ghostshell.jp

 

今回は本作「ゴースト・イン・ザ・シェル」から感じ取ったことを紹介しようと思います。

 

1.まず、なぜこの「ゴースト・イン・ザ・シェル」の評判が賛否分かれるのか

反対意見はグーグル先生に聞いていただくとして、僕としては本作の「ゴースト・イン・ザ・シェル」を「良い方」として評価したい。

 

ビジュアル・演出としてSFとくに「サイバー・パンク」「スチームパンク」の世界を最先端の技術で表現できている。

 

映像は「作り物」である前提で見てしまう節がありますが「リアルさに違和感がない」です。

 

CGの出始めの頃は「特撮」との組み合わせで随分と「違和感」を感じる映像作品がありましたが、「とっつきにくい」かも知れませんが、この「ゴースト・イン・ザ・シェル」は違う。

 

「意味が分かってくると骨太で奥が深い」。

 

実写版の「ゴースト・イン・ザ・シェル」もアニメ版の攻殻機動隊シリーズ同様ストーリー展開を最後まで飽きることなく「魅せられ」た上で「考えさせられる」作品だと思います。

 

2.この作品の本筋は「アイデンティティ」を探求すること

主人公である「少佐(義体に入るまでは、、、映画の後半で判明します。嬉しい展開だった)」は断片的にしか「自分がここに、なぜ存在するのか」を知らない。

 

少佐の義体と脳を掛け合わせたオウレイ博士からも、自身の出生や経歴は明かされないまま。

 

劇中で少佐は電脳ハック、無法武装集団と対峙しながらいくつもの疑問を抱えながら「自分探しの旅」を進めていきます。

 

「戦闘兵器としての能力を与えられた自分」、「命令に従う動機付けを与えられた裏にある真実はなんなのか」、「そもそも皆と同じ人間として生きていたのか(人造物ではない確証)、家族は」「作られた記憶に基づいて生かされているマリオネットではないのか」と言ったいくつもの「自己の存在意義(アイデンティティ)」を問いかけるシーンが濃厚です。

 

僕も小学生の頃ふと夜に天井を見上げながら「明日目が覚めた時に、今の自分でなかったらどうしよう、そもそも明日ってくるのかな」とか「ある日突然今の自分が存在しはじめた訳ではなくていろいろなことがあったはずだけど、全部を覚えていられないのはなんで」とか不思議に思い眠れなかった日があったりします。

 

明日を生きる為には「過去や記憶」よりも「なにをやるか(役割として果たすか)」なのかも知れませんが、「なにをやる」にしても「自信」となる「自分が認識している過去の成功体験」は必要だと思うんですね。

 

存在意義(アイデンティティ)を理解できた時、人は強くも弱くもなる。

その素材としての「記録(過去)」も「記憶」ないことは、生きる上で「大きく影響すること」を本作「ゴースト・イン・ザ・シェル」から受け止めました。

 

攻殻機動隊の核となる概念は「人間」を補う技術として「義体」と「ゴースト」があります。

 

「義体」は個体としての接点であるから「アンドロイド」と「サイボーグ」の中間かもしれない。サイボーグはどちらかと言うと「生身の人間の改造」であり、「アンドロイド」は全く人間としての存在無く「形を作り、中身もAI」と言えます。

 

ところが、攻殻機動隊の世界では「義体(入れ物)」に対して「ゴースト(人工的ではなく自然に生み出された生命力」を組み合わせるという異質のものや、「人体のパーツはなんらかしらの理由により補完したり拡張したり(バトーの眼が特徴的ですね)」します。

 

本作「ゴースト・イン・ザ・シェル」は「殻の中にあるゴースト(精神・人格・生命力・自己・存在意義」と言うものが見えてきます。

 

「人(感情・自己のある生命体)」が地球を牛耳る(宇宙人の侵略は無いから牛耳り続けるのかな?)近未来で、「アイデンティティ(自身の存在意義)」を問う作品となっています。

 

「魂や心、人が人として存在する為の自我」として「ゴースト」が攻殻機動隊の世界観にはあり「義体」を動かすものは「ゴースト」。

 

AIも、人間のように無数のパターンをインプットさせて(訓練されて)、「最良の方法をアウトプットする」ように改良を日々行っていますが、最終的に「AI」が「人間と違うところは何か」と言えば「感情」の存在ではないかと思います。

 

「道徳」や「近道」は教育すればインプットできるし近しい境遇の中では「最適なアウトプット」もするでしょう。

 

ただ、AIになくて「僕ら人間」には出来ること。

それは「感情(攻殻機動隊でいう、ゴースト)」の存在。

 

「感情」はなんのためにあるのでしょうか?

 

「その理由」がなんとなく見えた映画がこのハリウッド版実写の攻殻機動隊「ゴースト・イン・ザ・シェル」。

 

 

「感情」は「個性」や「存在意義」を形成させるために存在するのではないかと、思うのです。

 

インプットされたことをアウトプットする時に「素直に自身の心を経由していくもの」が感情です。

 

感情の例は「喜怒哀楽」。

ワクワク(喜)

チリチリ(怒)

シューン(悲)

ハッピー(楽)

 

などでしょうか。

 

「事実は客観的に歴史に残るものや説明できるもの」その捉え方は「個々の感情」によるのではないか。

 

「個性」。

 

「自己を生命維持するために形成する姿勢や取り組みの手段」は「感情」によって変化します。

 

「感情」なんて曖昧なパラメーターはAIには不可能。

 

唯一「ヒト」を追い越せない領域だと思う。AIにはまだ個性がない。はずだ。

 

僕が、「今、パンを食べたい」と言ってAIは「最速の時間(10秒も待たずに)パンを差し出してくれる」だろうが、人間ならどうか「焼きたてに近い形でトースターで1分パンを焼いてくれるかもしれない」

 

「相手の立場に立つならば」と言う感情が動くか動かないかの違い。

 

「感情」には、まだまだ価値がある。人間的に(ワイルド)に行動することは価値があるのです。

 

3.アニメ版の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」と比較してはいけない。「人であり続ける為の永遠の夢」を描くこと。でも別物です。

実写をやると、アニメーションやコミックでの「世界観」を崩すと言われますが、本作の「ゴースト・イン・ザ・シェル」は「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」とは別物。

 

日本語吹き替え版はファンなら嬉しいキャスティング(素子やバトーやトグサ)ですし、時折描写として出てくるアニメ・コミックの名シーンは嬉しい限りですが、物語の主題が違います。

 

「アニメ・コミックの通りに進めろや!」って思う人もいるのでしょう。しかし、攻殻機動隊は「こうあるべき」もわかりますが、映画として視聴者が「製作者サイドの伝えたかったこと」を受け入れられて満足できるレベルだったからよしだと思うのです。

 

攻殻機動隊には「ゴースト」と言う概念と「義体」と言う「人体構造拡張」のテクノロジーが存在します。

 

人間が人間と「本当に一つになれない」のは「ハード面(人体)」でも「ソフト面(精神・魂)」でも融合する手段を持たないからだと僕は認識しています。

 

「不老不死として生きながらえる」とか「不慮の事故に対する生命の維持手段」ととしてのセレクトとして攻殻機動隊に出てくる「義体」は有効なのかもしれませんが、「機動戦士ガンダム」では「増えすぎた人口を宇宙に逃がしコロニーを作ったり」、「新世紀エヴァンゲリオン」では「人類補完計画」として「物理的境界線を排除した融合」を目指してしています。

 

いずれにしても、世界も描くことは同じではないけど、「自分」と言う存在の「在り処」を永遠に残したいという夢を描いています。

 

物理的に存在できなければ「今感じている幸せ」を維持できないし、

物理的に増えすぎた環境の中で「統制」を保ち「治安を維持する」ことは難しいし、

「精神・魂」だけが残り続ける世界を「生命として良し」とするかはわからない

 

「人間として、どういう未来に幸せを描くか」がテーマですよね。

 

未来なんて言いましたが人間も動物も「生きている限り、死ぬ」。

 

「死にたくない」理由は様々ですが現代の技術では「死」を避けては通れない出来事捉え、夢を見る。と言うことでしょうか。

 

では、「人が死ななくなった世界が全体最適なのか?」これ以上先は思い描けない。

 

4.終わりに

SFの世界でありがちな「サイバーテロ」と聞くと「現実的でない世界で起こっている出来事」のように思いがちです。

 

実際「サイバー」だろうが「アナログ」だろうが、おそらくやっている事は同じで、「機密事項を入手する」とか「思わしくない存在を消す」とかが目的で、「足がつかないルートとしての手段としての選択肢」の一つが「サイバー的」なのか「アナログ(実態に直接)」でしかない。

 

見方を変えれば「新たな手法を用いた技術革新が行われていることを知り、匿名的に効率的に犯罪を起こすための学習機会」にも取れるし「未来は5年後のことをさしているのではなくて、気づいていないが忍び寄っていて自分の身に今にも起こる事ではないかと示唆している」ともとれる。

 

いずれにしてもSFを見る、読む、知るなど「触れずにいたら自分にはイメージのつかない生き方・暮らし方」をしているであろう「そう遠くない未来の姿」を予感させてくれるものです。

 

SFを好きな人は「好きである・追い求める」いくつものパターンがあると思います。

「日常的に見当もつかない夢物語」としての魅力がある事。

 

「今は実現不可能でも技術革新によって世界をあるべき方向に向けよう」としてアイディアの素材とすること。

 

「テクノロジーがいつか、成長の善とした目的を失い人間に対しての報復を行う」と言うホラーも含むこと。などなどなどなど。

 

ポジティブな未来で思いつくのは「ドラえもん」の世界観。

 

ドラえもんの四次元ポケットから出される「ひみつ道具」を夢見ることもいいですが、「ゴースト・イン・ザ・シェル」は「人間としての尊厳を保ち今を生きること」の大切さを教えていただいた作品でした。

 

「記憶から排除されたもの」は永遠に紐解けない「事実」もあれば、意図的に「忘れよう」として排除していったものもあるかもしれません。

 

「(嫌なことがあっても)忘れることが出来るから、人は生きていける」こんなことを呟いた人もいました。

しかしながら「自分が存在する意義として欠かせない記憶を誰かによって実は抹消されている」なんてことがあったらどうでしょうか。

 

「精神・魂の融合」も「生命維持としての箱としての義体」も未来のテクノロジーとして歓迎したいですが、自分が自分である事を認め、自らの意思で判断を下し行動する「存在意義」を大切にした生き方をしたいですね。

 

そして、現在は「様々な失敗の上」にあることを受け止めなくてはなりません。

 

自分は「完成形」ではなく「まだまだ発展途上」であることを反省しました。

 

mission complete!

 

行動「できる人」と「できない人」の違いを僕の言葉で説明します。

 

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行動「できる」「できない」の事例として「コミュニケーション」を挙げます。

 

コミュニケーションは「インプット」と「 アウトプット」の繰り返し。

 

「事前に情報収集しておく」、「考え方を固めておく」、「相手の立場に立ってみる」などいろいろ言われますが、インプットはできるのに、アウトプット(相手からの質問に対する返事・反応)が苦手(できない)なのは単純なことが理由ではないか。

 

僕の言葉で簡単に説明します。

1.ヒトは集まり何をしようと言うのか

「300人を超える人が所属して働く職場にいる」事を僕は何度かブログに残しています。

300人もいれば、すれ違う人、挨拶をする人、昼食を一緒に食べる人、「多い」と思いませんか?

 

実は違います。

 

不特定多数にならず「固定化された領域」の中で生きようとする。

 

これは本音。

 

どちらかと言うと300人を超える規模が行き来する現場をポジティブに捉えて「300人の中の一人と言う自由度」を楽しむよりも「300人の中に自分の身をどこに置いたらいいか」悩む人の方が多いのではないでしょうか。

 

僕は300人居れば300人の中心に行きたがる「バカ」なのですが、その為には「人脈を作る」ことが重要項目となります。

 

その際まず最初に抑えるのは「名前」を覚えること、「名前」を覚えてもらう事。 

 

2.名前を覚えるには「呼び合う事」。それだけ。

「意識的に覚える」とするならば「使う事」が重要です。

「インプットとアウトプットを繰り返す」ただこれだけの事なのですが、それが意外と。。。

 

従業員同士で顔を見ただけで「名前が出てくる」ようになることは、想像以上に難しいです。

僕の経験でお話ししますが、なぜ「インプットをする」ことは容易なのに「アウトプットをする」ことは難しいのでしょうか。

 

答えは簡単で「間違えたら失礼、恥ずかしい」からです。

「インプットをすることは容易」とは言いましたが、「頭に定着する」ことが容易なのではありません、「心の持ちよう」としてリスクが少ない、「受動的」であれば良いのです。

 

コミュニケーションに問わず「アウトプット」をガチガチに「成果」や「責任」と捉えて何もできない人は多くいると思います。

 

「失敗をしても、恥ずかしい思いをしても」真摯に受け止め「お詫び・反省」が出来る勇気を持てるかどうか。これが「行動できる人」と「行動できない人」の違いではないでしょうか。

 

3.終わりに「僕が存在することで笑顔になれる人はいるかを今一度思い浮かべてみる」

「困ってくれた時に何かをしてくれる人」これほど頼りになる人はいません。

「遠くに遊びに行くときに、長時間語り合える人」これほど心が安らぐ人はいません。

「人とは違う価値観・挫折経験も臆せず開示してくれる人」これほど勇気のある人はいません。

 

そんな「かけがえのない人」を何人か描いてみます。

描けることは僕にとっては「幸せのひととき」です。

 

僕は誰かのなかで「かけがえのない人」として存在しているだろうか。

 

悩むだけ無駄なことでしょうが、時々は立ち止まって俯瞰して自分の行動を律したいと考えることも必要かなと思います。

 

mission complete!

あなたがしたい「仕事」実現の為に、「一緒に働いてくれる人」の顔がどれだけ浮かびますか?

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「どんな仕事をしたいか」に傾倒していて「誰と仕事をするか」に意識の向いていない人に僕の言葉で語る。

 

「仕事の目的」は移り変わるけれど、「誰と仕事をするか」は成果に大きく影響するということを。

 

「出会いを大切にしたい」結論はこれです。

 

1.山梨県甲府市にアイツがやってきた。

今日は1週間前にアポの入った「お店の改装会議」の日。

僕はこの日、終日予定を入れて(仕事でです)いたので、予定変更は不服に思いながらも「お店全体にかかわる事」であれば、「働かなければならない(今回であれば会議への参加)」のです。

 

僕の予定していた行事に関わるみなさんにはお電話などでキャンセルをお願いしました。

 

「いつ終わるとも分からない会議」の進行がある以上、キャンセルは仕方がない。

例えば、「早く終われば予定通りの仕事ができるかもなんて甘い考え」を持っていたら、せっかく要請された「会議への出席の意味合い(出席を依頼されたこと)」は崩れ、「時間を気にするあまり、宙ぶらりんなままいく」のは不本意です。

 

「仕事をすること」と、言うのは「作業とは違う」なんて言われますが、最終的には自身に与えられた役割や権限のもと「判断」や「責任」を取る事、と僕は考えています。

 

繰り返しますが、

「役割や与えられた権限の礎、判断や責任を取ることが仕事」です。

 

で、会議室に入ったらアイツがいた(笑

 

2.先制の「あいさつ攻撃」&「隣の席に座る」の戦略意図。

「アイツ」なんて言ってますが、超嬉しい。

7年来の付き合い、同僚として一緒にいくつもの仕事をしている「アイツ」が僕の店の改装を請け負う為に、来てくれていました。

 

思い出すと、2011年の震災直後に千葉県の店を一緒に回り店舗の損傷状態や従業員の心理状態を確認し、相談に乗るとか

2012年には同じ支社の同僚として立場は違えど、組織強化に働きかけたり。

2015年には同じ部署に行きつき、システム(アイツ)とオペレーション(僕)で店舗の改装や新プロジェクトをこなしたりと。。。。

 

身内(親戚)のような愛着がある関係を維持できています。

 

ならば、自店舗のシステム周りの困りごとを、まとめて聞いちゃおうじゃないか!!

 

と、言うことで色々と相談に乗ってもらいました。

 

会議も打ち合わせも無事終わり。。。。で、今回のエントリーの結論に至ります。

 

3.なぜ僕は「どんな仕事をしたいか」と合わせて「誰と仕事をするか」を重視するのか

アイツは僕の質問や困りごとに対して「エスカレーション先(問い合わせ先)」を明示してくれます。

 

つまり、自分で手を下せるけど、「それをせずに、ここに問い合わせて、オマエの力でやってみな」を提案してくれるんですね。

 

例えば「(僕の)許可がないと出来ない」なんてことは、実はほんの一握り。

「僕が許可する」と言うことは「責任者は誰なのか」を明確にするということ。

 

現実的には「代行者の存在」とか「誰それの許可を取った前提で」、とか「事後報告で済む範囲」で事は動いています。

 

だから、「アイツ」と一度話したうえで「こういうことになっている」の確約さえあれば、スムーズにことは進んでいきます。

 

決して変なネゴシエーションや賄賂があって成立した関係ではありません。

 

「コスト(経費や時間の観点から観て)最良の方法」を専門家とSE(今回ならアイツかな)と話をつけてるんだから、「その通り(実行する為)の手続きをさせてくれ」と僕は言えば済むのです。

 

「あれがしたい、これもしたい」を丸投げすれば、誰かがやってくれるかも知れませんが、結果として「よくわからいまま、実現したように見えるけれどお金をかけすぎた」か「やっているようで、不完全な状態で着地した」と言う不本意で終わる事でしょう。

 

最良の方法を見つける為には「誰が何をしてくれるのか」を知る必要がありますし、見つけた人に対して「一緒に仕事をしてもらう為にアプローチをする」こと。

 

僕は底辺(最終的な学歴の記録は「中学校卒」の僕が、大手流通業界で働けている)ですが、自身を持って言える立ち位置で仕事が出来ている秘訣はここにあります

 

組織人である以前に、仕事をするのなら「人とつながる活動」はないがしろに出来ないのです。

 

 

4.まとめ

何はともあれ、支社のシステム面のプロが来る=アイツが来る。

ことの想像通りに、「アイツ」が山梨にやってきて「仕事をして帰って行った」話でした。

 

「誰と仕事をするか」の繋がりづくりと「これはどこに相談するべきか」の判断がつくことは「組織で仕事をする」ために重要な事と思った次第です。

 

「誰と仕事をしようか」その時に、思い浮かぶ人の顔が、あなたには何人いますか?

 

問題提起で今日のエントリーは終えます。

 

mission complete

バイオハザードを凌駕する恐怖。夜の田舎道は「行きも帰りは怖い」が事実だった話。

f:id:head19820903:20170824220403j:plain雑記中の「雑記」になります。

 

21世紀に現代も真の「田舎暮らし」をしている人に共感いただき、都心部に住む人には「21世紀に残る恐怖スポット」の一つとして、一度この地(田舎)を散策いただくことをおすすめしたい。

 

1.きっかけは「社内備品」の紛失。僕は旅に出た。

明日から社内研修がありまして、その講師になる僕は会場設営をせっせとしていました。

 

実際は、ちっちゃい会議室をどんでん返し(自分がやりやすいレイアウトに変える)をする程度のものだったのですが、前回講師をした時には「存在した」のに今回は「無かった」ものがありました。

 

「勇気」でも「度胸」でも「やる気」でもなく、「レーザーポインター(パワポでプレゼンするときに、注目させたい(これは一種、プレゼンターの欲でもある)ところを指し示すアレ)」が無い!!

 

うちのお店の家電売り場に「(売って)無いか」確認をしたところ、予想通り「無い」ので。。。。近隣の家電量販店に走らざるを得ない訳です。

 

夏場で日は長いとは言え、出発は18:30。

 

すでに夕暮れ。でも、モテモテでキンキラキンの明日からの研修を成功させるに必要だ!

 

はてさて、どんな旅がまっていたかと言うと

 

2.目標のモノはあっさりと手に入れたけれど。。。の話。

 

おそらく、道順を熟知していて見通しさえよければ出発地から量販店、量販店から自宅を移動してもせいぜい30分。

 

悪条件となったのは以下の通り。

①その家電量販店に行った経験が通算2回目。

②完璧な田舎道。

③経路にほとんど照明がない。

 

①は「これまで行ったことがある」から「毎週行っている」のレベルまで道を覚えていれば問題ない。

 

行きは市街地(と、は大げさな郊外。それでも街灯は整備されていた)」から徐々に、これ「アカンは」とすぐに挫折したくなる道のりに。

 

時々Googleマップに聞きながら、なんとか到着。

 

早々に目的の「モノ」を買って帰りたいのですぐに店員さんに声をかけ、セレクト。

 

「レーザーポインター」が「レーザープリンター」と聞こえたみたいで、「印刷機の前に通される!」と察知した僕は、「あの、ポインター(僕)、活舌悪くてすいません」と言い進路変更するアクシデントを乗り越えて、選択しようのない「レーザーポインターコーナー」へ。

 

「選択しようのない」は苦言になりますが、SKUとして「プレゼン資料を遠隔で送る(前後に)機能の付いたレーザーポインターが1つしかなかった」こと。

 

「画面をポイントで照らし、協調する機能」を成しえる商品はいくつかあった。

 

最終的に僕が選んだものは「アイテム」として、「パワポのコマ送りが出来る機能を備えたレーザーポインタ」でしたが、SKUとして比較対象がなく、かつ「在庫も最後の1個(最後かそもそも一個のストックだったかは想像に難しくない)

 

結論として「レーザーポインター」は山梨県甲府市で需要が無いのは仕方ない。

 

「プレゼン資料をかっこよくキレキレで操作しながら語りたい」

 

と言う需要は本当に無いかもしれない。

 

でも、ここに需要あり(僕)です。

 

「選びようがないけど、目的達成のためには、それを買うしかない」。

 

「明日使う」と言う前提を前にして、比較対象他にが無いので、即決購入して帰宅することにしました。値段もそこそこ。

 

貯めていたポイントで支払う(支出ゼロ円。でも販売価格は6500円程度だよ。安物では決してない)。

 

あまり、長居して暗くなると帰りが怖いので、予備のセールスは合間に聞き流して立ち去り店を出た。。。。

 

予感は的中!!あたりは真っ暗!!!無事帰れるか!僕。

 

3.バイオハザードより断然怖い田舎道。

悪条件となったのは以下の通り。

①その家電量販店に行った経験が通算2回目。

②完璧な田舎道。

③経路にほとんど照明がない。

 

②と③は田舎特有の強烈さがありました。

 

一歩先は「闇」の状態が続くんです。

 

僕が走り抜けた場所は「道路」と「田んぼ」の境目が「まったく識別不能」。

 

自転車に備え付けのライトでは、全然道の構造(直進、湾曲)が判別不能。

 

側溝に落ちて大けがをしては、なんのために万全の状態で明日の講義に臨む為に「レーザーポインターを買いに行ったのか」意味をなさなくなってしまうので

 

心を鬼にして「電灯の確保される領域」まで歩くことにしました。

 

甘く見てました。

 

「電灯ない!」「電灯ない!!」「電灯なーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」

 

「道として存在している」が18:00もまわると「交通量が圧倒的に減る」場所。

 

「電灯をつける需要が全くない」のだから、仕方ないです。

 

電灯の無い区間を徒歩で5分進みましたが自転車を押して実際にすれ違った車2台、追い越して(歩行者と認識してもらえたことは幸い。のスピードで)行った車5台。

 

これ、バイオハザードやるより怖えよ。

 

多分、木陰から「わ!!」とか声出されたら失禁して自転車から落っこちて田んぼに突っ込み、大けがするレベルのドキドキ感♥。

帰宅途中の道草に近いから「労災認定なし」だね。

 

これ、まじ。

 

「前進する」ことは「停止する」ことよりも「はるかに尊い」ことが立証され、自転車を、恐る恐るながら漕げる照度のところまで来た時には、「なんとも言えない、嬉しさ」がありました。

 

4.無事帰ってきたよ。で、感想。

本日のエントリーをまとめると、

①明日からの研修の講師として準備を孤独に頑張った

②備品が無いことに気づき買いに行くことにした。

③買いに行く場所が「郊外」どころでない僻地にあって苦労した

④帰りにホラーゲームを飛び越える「恐怖」のリアリティが襲ってきた

⑤恐怖の中、慎重に行動しグッドエンドを迎えた

 

こんな感じでしょうか(え。そうなの?)。

 

実際は明日を皮切りに毎日実施する「研修の中身」にあります。

沢山の協力者に恵まれて、研修内容も前回に増してブラッシュアップしました。

 

達成すべき目標を見誤ってはいけない。

 

「最新鋭の技術を使ってプレゼンし、ファン(僕に惚れてくれる人※モテたい)を増やすこと」じゃないんだよ!!!

 

何度かブログ内で話題として出した「全館棚卸を成功させ、損失を改善すること」にある。

 

あくまでも「僕の言葉に耳を傾け、棚卸に興味を持って貰える仕掛け」としてレーザーポインターを買いにいった次第です。

 

「結果がついてくるか、こないか」は明日からの研修に左右されることもあるでしょう。

 

最後まで本気で、走り抜けることを誓って。やりきろう。

 

改善されなきゃ「クビ?」か。それも、よかろうもん。

 

mission complete!

集団と組織はどことなく違う気がするが、僕が考えたこと

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「実現したい一つの目標を成し遂げる」ためには「圧倒的数」によるエネルギーが必要。

 

「1人の100歩よりも100人の1歩が尊い」そんな考え方を教えてもらった経験があります。

 

認知・賛同の度合いを示すには「どれだけ数の人」が動いているかが、わかりやすい。

 

デモはわかりやすい「大衆の行動」ですが、「人が多くいる」ことを「集団」と捉えるか「組織」と捉えるかで受け取り方は変わってくるのではないか。

 

そう思いついたので考えをまとめてみます。

 

1.人が集まれば「集団」となる、集団になった人には何ができるのか

集団は一般的には2人以上の組織のような人間の集まりであるが、厳密には共通の目的を持ち、目的と目標を共有し、目的と目標達成の為に互助しようと努力し、役割の分担が集団の中に定め、振る舞い方の一定の基準が存在し、集団自己同一視する、と社会心理学においては定義されており、その中でも組織関係、コミュニケーション関係、心理関係だけを挙げて人間関係と呼称する。

集団には個人の気侭な単独行動を規範約束慣習などによって抑制し、一定の枠の中にメンバーの行動を同質化しようとする働きがあるため、集団行動集団態度といった特有の行動、反応を示す。

集団 - Wikipedia

 Wikipedeiaでは集団を「組織のような人間の集まり」と表現しているが、「のような」と書いているからには、区別するポイントがあるようです。

 

しかし、てんでバラバラだけど「群れ」ているだけとも違う結束力が「集団」にもあります。

 

集団行動と言っても「望む目標」を統一にして、「集団目標として掲げ」活動をすることを「統制行動」と呼びます。

 

反面、目的の統一化はされていないもののある心理的な不安などの感情が「非統制行動」としてこれは乱衆化することがあります。

根も葉もない「嘘」や「デマ」が流れる。と言うもの。

 

前者はポジティブなもの、後者はネガティブなもの。

統治されていようとされていまいと、群衆があるひとつの目標に向けて一斉に行動を開始したら、社会的に大きな現象となります。

 

では、次に組織を見てみよう。

 

2.「組織する」とは、どういうことか。実は集まりを進化させ「分業と調整」することだった。

組織は集団や群衆とは区別される。組織には、集団や群衆には存在しない、以下のような特徴がある。

共通の目標[編集]

組織には、組織に属する成員(メンバー)間で共有される、共通の目標が必要である。共通の目標がなければ、同じ時刻・同じ場所に居て同じ行動をとる人々の集まり(例えば劇場に集う観客など)も、組織とは言わない。

分業と調整のメカニズム[編集]

組織には、複数人で共通の目標を達成するにあたって必要な組織全体の仕事やタスクの分業調整を行うメカニズムが必要である。共通の目標が人々によって共有されていても、個々人が個別的に仕事を遂行するならば、それは組織とは言わない。

  • 分業: 組織全体の仕事を分割し、個々人に割り当てること
  • 調整: 分割され個々人に割り当てられた仕事を統合し、組織全体の仕事として完成させること

組織 (社会科学) - Wikipedia

 

「集団」も「組織」も「複数・団体」で行動するということは共通しましたが、なんとなく見えてきましたね。

 

深堀していきましょう。

 

3.Wikipedeiaをコピペして満足しているんじゃねぇ!で?「集団」、「組織」何が違うの?

「集団」と「組織」にはそれぞれ「定義」が存在していることがわかりました。

単なる「類語」ではなく、運営上の違いがあるようです。

 

 

ここからは僕の解釈で走っていきます。

例えば「超有名アーティストのHさんが3年ぶりに開催するライブを成功させる」この目的に対して「集団」と「組織」それぞれが取る行動です。

 

【集団(しゅうだん)】

ライブ当日、超有名アーティストHさんのライブを観るためにA、B、Cさんの3名が集まっていました。

 

この「集まり」をある事例で例えれば「超有名アーティストHさんのライブを成功させる」と言う目標であれば、「企画側」ではなく、「ファン」を指します。

 

 A、B、Cの3名それぞれに役割が振られている(差別化されている)訳ではありません。

違いがあるのはファン歴や好きな曲など「Hさんのライブに行きたいという理由」だけ。

 

「超有名アーティストHさん」への思いはAさんは120%、Bさんは70%、Cさんは30%だったりしますが、「ライブの日には一切予定を入れない」「チケットをなんらかの手段で予約する」「会場に時間通りに行く」「集まったほかのファンと一緒に盛り上げる」と言う行動は「集団行動」になりますね。

 

【組織(そしき)】

一方、会場を前日から貸し切り、会場設営から演出の準備、肝心要の音響のチェックをしているD(会場設営)、E(演出)、F(音響)さんの3人がいました。さらにはチケットを会場付近で販売をするG(会場入り口前)、I(地元商店街)、J(ラジオなどでの出演PR)さんなんかもいます。

 

こちらは「企画側」です。

 

組織は、個々の行動・仕事の総和が「成果」とされるため、役割分担が明確で分業し、組織の隙があれば補充するか、誰かをカバーに行かせるピラミッド型の指令系統があります。

 

決してビジネスに限りませんが「目標達成のために考えられるありとあらゆる要素(落としてはならないところ)を把握し、抜けの無いように、個性を考慮したうえで割り振り実行する」ことが「組織的行動」になります。

 

どちらもメリットとデメリットがあるのでしょうが、ここまで僕が見えたことを整理しましょう。

 

4.「集団」も「組織」も到達点とする目標が同じなら、あとはどちら側にいたいかに夢中になればいい。

 

さらに僕の思考で突っ走りますが、集団も組織もそれぞれ良いところがあり悪いところがあります。

 

例で挙げた「超有名アーティストHさん」のライブに行った側も企画した側も経験してもいませんが(そもそも架空)、仕分けをしましょう。

 

ファン(集団)でいることのメリット

好きな事・嫌いな事は、その時その時でファン倶楽部やコミュニティを使ってディスカッションできる。言うだけでHさんの活動(その後方向転換がされ、失敗なんてことがあっても)に対する責任は無い。

 

感情の赴くままに行動が出来て、仲間を常に増やし続けることが可能。

本当に嫌になっても、「ファンでなくなる」の心のケジメだけでOK。

 

ファン(集団)でいることのデメリット

今回の件でいえば「有名アーティストH」さんありきの「感動」なので、「Hさんロス」が起これば人生が楽しくなくなる。

 

非統制行動は無秩序化する可能性がある。

 

企画側(組織)でいることのメリット

企画提供するマテリアルとして「アーティスト」に直に触れられる機会がある。

 

アーティストご本人に認められれば「遊び心(自分がやりたいことを含めた)」などの「ヤンチャ」が出来る。

 

更に認められればクリエイターやディレクターとして、「マテリアルを変えても成功が出来る」ノウハウを築くことになり業界のトップも夢ではない。

 

企画側(組織)でいることのデメリット

例えば、チケットが売れない、音響のトラブル、演出が会場の作り上で無理などが起こるなど、「目標実現のために携わり、結果を喜び合いたい仕事が出来ない」ことが時としてあることもあるのですが。

 

  ファン側とは違い「一緒に仕事をするパートナー」としての成果を求められますから、「超有名アーティストHさん」のライブ運営に回ると色々な壁にぶつかり、本当に好きな音楽を楽しめないことがある。

ビジネスとしての音楽になる。

 

5.まとめ

集団と組織の違いについて見てきましたが、わかりやすく言うと「集まりからの抜けやすさ」や「収益・利益を求める姿勢の有無」や「行事の運営の際の立ち位置」の違いと言う事がわかりました。

 

 

マーケティング視点で、ジャンルも飛び越えて言うと新日本プロレスの、「ファンとレスラーの交流イベント」に対する企画力はすごい。

 

かつてはファンがお気に入りのスラーに「直接会場でサインをもらう」この行為はとってもハードルが高かった。

 

僕がはじめてサインをもらったのは新潟県柏崎市にある総合体育館に来た全日本プロレスの「ジャイアント馬場」さん。

 

特別サイン・握手会(会費500円)に参加したのはいい思い出。

 

今年は後楽園ホールの新日本プロレスの大会で、オカダカズチカさん、天山さん&小島さん、鈴木みのるさん、ドラゴン・リー(CMLL)さんから、Tシャツにサインを貰えました。

 

これらは全て、グッズ販売会と合わせて、購入者には「先着順でレスラーがサインをします!」と言うロイヤリティがあることから、是が非でも会に参加した結果得られたものです。

 

話を戻して、マーケティングを学ぶと、「自分の売り方」と「依頼の買い方(興味の持てなかった領域は特に)」の「かけひき」なのだということが分かります。

 

集団も組織も「活動のエネルギー」となっているものは同じ目標があります。

 

立ち位置として、もし自分が「企画」の側なら全力で仕事をすることで、目標の大成功に導きたい。

「ファン側」なら「とことん騒いで楽しんで」喜びを感じるだけさ。

 

今回も乱文はありましたが情熱は込められたと思います。

 

目標を定められたとき、「集団」への参加者であることと、達成するために「組織」へ参画するかと言う選択が迫られるときがある。

 

 

今、目の前にはどちらもチラついているんですけど。

どれもこれも「参画(言いたいことを言いながらやることはやる)」側に回りたい。

 

毎日愚痴りますけど、あー時間が足りない。

 

mission complete!としていい?

流通小売業の会計と棚卸の関係を3000文字以内で解説する。

 

昨日、流通小売業の裏側として「棚卸」について触れました。

 

もし流通小売業の会計(売上と原価と儲け算出)の仕組みに興味のある人がいたら、簡単にですが解説したいと思いエントリーを作ることにしました。

※実は昨日の宿題ですΣ(゚Д゚)

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アカデミックで流通小売に特化するので、読み手を選ぶかもW

1.原価率はなぜ変動するのか①「原価は不変」の法則。

売価や在庫の管理をするときに「売価還元法」と言うのがあります。

売上ー原価が利益(儲け)ですが、原価を求める際に在庫売価に対して一定の原価率を乗算して求めるっていう奴です。

 

計算式が細かいので、割愛していきたいのですが「調味料・香辛料」と言う部門があるスーパーの中に存在し、原価率は60%です。と、なっていたとします。

 

棚卸は売価(商品が現時点でレジを通る価格)で行うので、例えば10万円だとすると、原価は6万円、利益(儲け)は4万ね。みたいな計算式。

 

でも、本当はSKU単位で原価率が異なるんです。

「調味料・香辛料」の中の「GABAN(さきほどの)」でも60%だったり、58%になったりします。

 

な・ぜ・か?

 

答えは明日のエントリーで書きますので、異業種の方、売価還元法が分からない方は調べてみてください。

www.headsamurai.com

 

答えは売価決定権は販売店にあり、日々「販売価格は変わる」前提があるからです。

例を挙げると今日は200円(通常販売価格)、明日は190円(お得な3日間限定)、さらに来週の土曜日は170円(日替わり特価品)なんて値段の変化をチラシや店頭で見たことありますよね。

 

基本的に「ある定められた期間は、一定の原価(メーカーさんに支払うお金)」であることが公正な取引上求められますし、販売店側のセールス(値下げ販売)はメーカーにしてみれば「好きにやってもらったらいい」の範疇です。

 

上記の通常販売価格200円の品の原価が140円なら原価率は70%、販売価格170円なら82%(計算式は原価÷販売売価×100)です。

同じ商品でも12%も原価率に差が生じました。

 

販売売価は変動するが、原価は契約に基づき変わらない。

これを「原価不変の法則」と業界で呼ぶところもあります。

 

2.原価率はもうひとつ変動する理由②「セントラルバイイング」。

小売業の事業開始を単純にすると1店舗と1メーカー(または日本だと卸)からはじまります。

 

お店が繁盛して多店舗展開していくうちに、「よく売れる商品」「話題の商品」は他社のお店よりも破格の値段で大量に買い付けて、「売上を取る」ことが出来れば「競争に優位に立てる」のは簡単にイメージできますね。

 

その際、お店とメーカーがWIn&Winの関係でいるために一定のエリアのお店で販売する量をメーカーさんと交渉して、「安い値段で取引させてもらう」ことがあります。

 

これを「セントラルバイイング(中央買付)」と言いますが、結果は販売店側は「圧倒的に安い価格でお客さまに販売しながらも利益を取る」メーカー側は「製造したものを販売店に納品する量を確約(それも大量に)できる」と言う仕組みです。

 

ある時原価150円のものをこの「特別交渉して決めた期間に限り、130円の原価とする」ことです。

 

通常販売価格が200円なら通常の原価率は75%、が特売価格を173円にした場合、従来の150円を原価としたら販売店は利益を大幅に失います(原価率は86%に儲けは14%。通常は25%儲けがある)。

これに対して原価を130円に下げてもらえると、原価率75%で儲けの25%を維持!

さらにはいつもより17円も安くお店に並べていますから、いつもの売れ方の1.2倍売れるなんてことが起こる訳ですね。

 

3.原価も原価率も不変、で、どうしたら利益が確定させるのか??

本来であれば、原価を毎日毎日仕入れる度に足し算して「原価」の合計を出せばいいじゃない?なんて思うかもしれません。

 

ところがチェーンストアの構造はもっと複雑。

いろいろなパターンでモノの出入りが裏側で発生しています(それは別の機会に)。

 

結論からいうと、機械化されて管理させれてきてはいますが、最終的に情報の入力確定者は人間が行っていて、100%の在庫管理が出来ないのが実態。

さらに販売店は、不特定多数の人が出入りする巨大な倉庫のようなもの。

 

万引きする人、壊れて売れなくなるものなどなど「物的損失」もあったりです。

物的損失で言えば、パッケージに痛みが少しだけあるものがあって普通の値段で売れる商品の10%引きで売っています。原価は変わらないけど、販売価格が変わるから原価率がこれも変わる。。。。

 

と、言うことで諸々の理由で売価還元法が出来ました。

 

売価還元法による利益算出をを会計のプロではないので簡略的に仕組みを説明すると。。。

 

①店頭や後方施設ひっくるめて存在する商品すべてを数え上げる

SKU単品で数え上げ、結果の数値はカテゴリー(実際はもっと細かいですが食品なら肉、野菜、魚、日付の早い加工品、日付の長い加工品などなど)

これによって店内の総在庫金額(売価ベース)が確定します。

 

②それぞれのカテゴリーごとに分けられた在庫金額にあらかじめ設定していた原価率を乗じて「原価」を算出する。

肉は◎%、魚は△%とそれぞれに定めた原価率がある(相場みたいなもの。原価率の出し方ももっと細かいですがあります)

 

③出てきた原価を「半期または年間の売上から引く(年間売上ー原価=粗利益)」ことで粗利益を出して、あとは細かい勘定項目を足し引きする。

 

これで最後に経常利益を出して、業績を判断します。

 

4.まとめ

以上が、なぜ「棚卸をするのか?」と小売業では当たり前に変動する「売価」や「原価」があるのにどのように計算して「利益を数字化しているか」についての説明でした。

 

僕の本来の仕事をなにかと捉えると、一つはデータ上の数字(在庫金額)に誤りが起きないように日々正しく出入りしているか管理監督すること、二つ目は自前(うちの従業員が)でやる棚卸部分を間違えなく実施してもらう事です。

 

普段は協力をお願いする部署・従業員のみなさんにも、この時ばかりは「教育・指示・命令」をしなければなりません。

 

1年前は、はじめて「棚卸事務局やるんですが、そもそも入社以来、棚卸に従事したことがありません」みたいな私でしたが、本気で仕事をすることでこうも芯が太くなれました。

 

「30そこそこ生きただけの奴が何を偉そうに」なんて言葉を耳にしますが、僕は同一分野ではありませんが一社一業種でのキャリア13年。

これを誇りに思って日々精進しています。

 

人生を振り返って「たかだか」だと自損してしまうのは、本当に「たかだか(なんの収穫もない)生き方をした結果」かそれとも「謙遜」かわかりませんが、、、胸を張れることは3年でも5年でも10年でも振り返ればいくつもある。

 

その「価値ある事」は自分には「高い・美しい・晴れ晴れしい」ことに捉えられなかったとしても、語れば誰かの心に響くこともあるはず。

 

僕は「組織に守られたい」のではなく「いずれもっと大きな組織を動かすための基盤づくり」としてに高い目標を持って働いている。

 

この言葉で今日のエントリーを締めさせていただきます。

 

mission complete!

 

 

本音は当事者間では持ち出せない。でも、組織が調和する為に考えたこと。

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「多様性」と「組織活動」の両立ができるかを考える。

とはいえ、「LGBT」などの話題にはまだまだ進めない。

年齢・性別・中途経験などが中心なエントリー。

 

0.組織は個の集団ですが「大人数の集まり」ではないこと

精神を病んでしまいそうな、毎月の会議最終章(次回の棚卸が上手くいけば、もうこんな思いをしなくて済む)を本日終えてきました。

 

計3回やってきた会議ですが気づかされたのは以下の2つ。

①組織運営上、本音と建前がいるだが、帳尻を合わせる妥協もいる

②組織運営上、考えさせる人と考えさせてはいけない人がいる

 

それぞれを見ていきましょう。

 

1.組織運営上、本音と建前がいる。帳尻を合わせる妥協もいる。

例えば、結果としての「数字」を求められる時に「上司は部下をどう使うか」にスポットを当ててみてみましょう。

ある1000個のSKU(流通用語でメーカー・品名・味・量を単品で管理できる単位の事。「ハウス食品株式会社GABANあらびきブラックペッパー21g」と、言うお客様がレジに持っていく1つの商品の単位)を持っている売場が、日々入荷するSKUの仕入売価をもれなくぬけなくチェックするのは「不可能」です。

 

売価や在庫の管理をするときに「売価還元法」と言うのがあります。

売上ー原価が利益(儲け)ですが、原価を求める際に在庫売価に対して一定の原価率を乗算して求めるっていう奴です。

 

計算式が細かいので、割愛していきたいのですが「調味料・香辛料」と言う部門があるスーパーの中に存在し、原価率は60%です。と、なっていたとします。

 

棚卸は売価(商品が現時点でレジを通る価格)で行うので、例えば10万円だとすると、原価は6万円、利益(儲け)は4万ね。みたいな計算式。

 

でも、本当はSKU単位で原価率が異なるんです。

「調味料・香辛料」の中の「GABAN(さきほどの)」でも60%だったり、58%になったりします。

 

な・ぜ・か?

 

答えは明日のエントリーで書きますので、異業種の方、売価還元法が分からない方は調べてみてください。

 

話を戻すと、SKU単位の「単品管理」をする売場があるのですが、その「差額(原価率が変動する現況」の管理が時に「おろそか」になることがあります。

 

理由は「担当者が理解していない」ことや「誰もそれまでに教えてこなかった」こともありますが、現象としては「やるべき売価の差額調整をしていない」ことに尽きます。

 

ただ、前提として「やりきれない」からには前出のように1000SKUもある訳なので、追いつかない。

 

最終的に帳尻を合わせるために、在庫売価を「プラス」にも「マイナス」にも左右させる「差額調整がある」のは事実で、プラスなら見過ごし、マイナスはつぶすことのみ極みや、駆け引きもあるのです。

 

いずれにせよ、「知らないで・不思議にも思わないで仕事をしていることが多すぎた」ことに気づかされた3か月間。

 

原因を究明するとはこういうことか!と躾けられたと思います。

結果は2か月後に見えますが、どう結果に左右するか。

追い込みの2週間がはじまる。

 

決戦は金曜日。9月の1週目。

 

2.組織運営上、考えさせるべき人と考えさせてはいけない人がいる

人間は一人ひとり個性があってそれでいい。それは僕も認識している。

ただ大所帯で「ひとつの目標を達成しよう」とする際に、個性を尊重したらどうなるか。

 

昔から「目標はみんなで決めよう」と言うスタイルはあった。

「目標を達成できることが確約された状況」での「個性」ならいいのですが、「目標達成のために関係してくる」のは「組織の調和」もあります。

 

「5人が上手くいっていた組織があって、ある時1人が加わって6人の心がバラバラになった」なんてのは良くある話。

 

そんな事例を紹介します。

 

「ある企業を定年で退職したAさんが、アルバイトである企業の後方部門に採用されました。異業種の為、自分の経験してきたことは通用しないし、むしろアルバイトで採用された現場でやっていることは幼稚で仕組みも出来ていなければ徹底できていない。」

 

はい。ここであなたがAさんならどんな行動を取るでしょうか?

 

いきり立って、「改善提案」をしますか?それとも「バカらしいと思いながらも従う」ことを選びますか?

 

そしてあなたがAさんの上司だったら、そんなAさんに対してどんな態度や行動を取るでしょうか。。。。。

 

これも答えは無いので、考えてみて欲しいのですが僕の思うところを述べさせていただきます。

 

上司の立場でいうと「考えさせるべき人」と「考えさせてはいけない」人を線引きして接する。です。

 

「考えさせるべき人」は改善提案が出来る人でもありますが、「組織の中での現在の自分の立ち位置を正確に理解していて、職務範囲で自律的に行動が出来る人」です。

 

逆に「考えさせてはいけない人」は、これまでの経験におごり高ぶっているもしくは努力を全くしようとしない人、つまり「組織の成立している背景(ものが成り立っている理由)、には目もくれず自分を主体に考え文句を先に言う人」の事を指します。

 

流通小売りの目的は「お客さまの期待に対して期待以上のことをやってのけ感動させること」だと僕は理解しています。

 

他業種はわかりませんが、流通小売りは「非効率」で「アナログ」な所があります。

「決まり事」や「間違えようのない事」の手順で埋め尽くされていないのです。

 

「行動規範」で自律的に動ける人財が不可欠です。

 

僕は部下を、そんな「行動規範」に基づいて自律的に行動できる人に育てたい。のが願望です。それが「考えて行動させるべき人」。

 

一方「考えさせてはいけない人」とは特製として「行動の前に頭で覚えよう、考えた結果おかしいと思ったことは言おう」と言う人です。

 

「頭のなかで整理できてから行動する」これは「理解が深まっている」とはちょっと違います。

 

「行動レベルありき」になるのは別の課題を孕みますが、組織は「集団で行動する」ことが前提なので、「頭で覚えていない、整理できていないので行動できません」は通用しないのです。

 

「身体でまず、習慣化する、この流れでやらないと落ち着かないところまで行く」その上で「一つ一つの行動の意味・意義・理由を知る」。

就職して5年のベテランさんがこう(意味・意義・理由を説明できないどころから知らない)では困りものですが、最初の1年はそんなものだと思います。

 

さて、Aさんに当てはめるとどうでしょうか。

 

ある業界の職業を長年務められ定年後に「アルバイト」として就職されてきた方です。

経験が豊富なのは確かですが「異業種」のことはご理解無いでしょうし、全業種のご経験が全て他業種に適用できるかと言うと、難しい面があるかも、と、いうこと。

 

アルバイト先(再就職)のニーズは「人時確保」であったり「即戦力的対応力があるか」です。

 

なによりも「組織の調和」を求めらることが多いです。

 

理由を直球でいうと、「将来に期待してコストをかけないと、すでに線引きしている」と言う事。

 

誤解を恐れずに言いますと、労働者と使用者の関係は「将来(期待)への投資」です。

 

例えば定年退職→アルバイトでいうと65歳くらいでしょうか。

雇止めまで長くて5年。

 

5年の中で活躍いただきたいフィールドは「自社の業務改善」ではなくて、「不足人時の補填」になりがち。

 

それが、現代社会の課題かもしれない。

 

3.終わりに

生きていくためには、すでに構築されたコミュニティの中に入っていかなければならない時もあります。

 

調和だ協調だと言っても、「腑に落ちないし、頭にくる」ことだってあります。

 

ただ、人によって「これまでの繋がりから染みついた嫌気とか悪寒とかの気分」で対応を使い分けるのは、少なくしていきたい。

 

嫌いな人は嫌いだから態度に出てしまう。反省はするけど、僕は神ではないから断絶だって時としてするけど。

 

別件で「来年は組合の支部長になって欲しい」と今日、オーダーを受けた。

役員ではない組合員(従業員)さんから。

 

嘘か本当か褒め殺しか真意はわかりませんが、そんな言葉をかけられて「組合の支部長をやっている人」がウチの会社にどれだけいるでしょうか。

 

必要なのは「従業員の先頭に旗を掲げ立つ勇気を持った人」ではなく「約束したことは、実現可能なレベルで実践して依頼主に成果を報告する人」なのかもしれない。

 

僕が目指してきたのは後者。

 

「土壇場で目立つ」だけのピエロにはなりたくない。

 

機会は来るのかわからない。

 

明日もやるだけやろう。やりたいことだらけで、今日も時間が足りない。

 

mission complete!

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