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中卒のバカでもわかるマーケティング

デジタルマーケッターを目指す「へっど」が調査・入手したマーケティング技法や 最新トレンドを発信します。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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ブログ収益アップを目指すあなたに向けて!1000文字の記事を毎日更新するなんて簡単だ。「あ」でも「い」でも適当に打っとけ!ボケカス。

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テーマは、「それでも」毎日「1000文字」を超えるブログを書き続ける為に必要な「僕の考え方」です。

 

【目次】

1.ブログを「1000文字・毎日1記事書くこと」それがアフィリエイターとしての一歩なんてのは「嘘」かもしれないと思う理由

2.ヒトは日々選択しながら生きている。その選択肢に対しての「たられば話」に意味はない。

 

1.ブログを「1000文字・毎日1記事書くこと」それがアフィリエイターとしての一歩なんてのは「嘘」かもしれないと思う理由

 

実は「1000文字を埋める行為」これは意外と簡単。

 

タイトルにある通り「あ」でも「い」でも「このハゲー」でも「ピカピカピカチュー」でも何でもいいから画面のスペースを埋めるだけです。

 

そんなところで誰も読みたくないですけど。

 

難しいのは「良心的で心に馴染む有益なエントリー」を量産すること。

 

理解していても、それができないから、歯がゆいし、ブロガーは戦い続けるのです。

 

僕は幸いネタに尽きたことがない。

 

その辺、僕は「図太く世の中を生きている実感」を持っていると自負しています。

 

でも弱点だと感じるのは、「ごくごく簡単な事を、難しく伝えようとしてしまう(感情とひらめきが邪魔をする)し、言葉の選び方がどこか周囲とずれていて」敵を作ってしまうことです。言葉選びがキツイ。

 

さて、ブログのすべてのエントリーが「見知らぬ誰かの役に立てられるのならば」これほど心地よいことはないかもしれない。

 

でも、ブログエントリーを書こうと、いざパソコンに向かう前に、ふと「たまには自分が心地よい事」を意識して書いてみるのも良いかなと考えました。

 

「僕自身がペルソナ」と捉えてみたらどんな、エントリーがかけるでしょうか。

 

「僕=ペルソナ=エントリー」に対する需要はあるかもしれません。

 

同じような感覚が降りている人も世の中にはごく少数はいるんじゃないかな。と。

 

ただ「僕の知る僕」のことをペルソナとしようとすると弊害が生れる。

「具体的キャラクター」になりすぎること。

 

「僕」をペルソナにしてマーケティングをしようと「僕」にしか「刺さらないもの」になってしまうのではないか。

 

この世に本当にコピー(複製した同一生命体)のような存在はいない。

 

「まるで君は鏡に映した僕のようだ」と「愛してやまない存在」はあるかもしれない。

 

しかし、「同じ条件下で、同じ出来事が起こった時に、生まれてくる感情や行動」は同じになるでしょうか?

 

同じではないですよね。きっと。

 

「まるで君は鏡に映した僕のようだ」は「愛情」の表現であって、「僕は君、君は僕」とジャイアン発想が成り立つ訳がないのです。

 

ジャイアンはもっとすごいな。

「俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの」ですから。

「相手の存在(ターゲットの定番は「のび」君)意義」を全否定です。

 

「1000文字書くには文章能力がいる」とか「ネタ」が必要だ。

と、悩んでしまう原因について考えました。

 

もう一度言いますが。1000文字書くのは簡単。「あ」でも「い」でも「ピカピカピカーピーカーイカーイカッチュウ(よっぽど根に持っている)」でいいんです。

 

ただ難しくさせる理由は「ストレートに書く」ことで敵を作る恐れと「嘘の情報」を提供して、偽物のレッテルを貼られることであったりします。

 

「自分のことを自分で認識している以外の認識を第三者に持たれること」を僕はとても怖がる。

 

だから「コミュニケーションを取る」なんてめんどくさい事は元来したくない。

でも、形成された社会の中で生き抜くためには「つながる」ことを捨てられない。

 

話を戻しまして、ネタ作りの為に真っ先に噛んでみようと思ったのが「僕自身」をペルソナ化して「僕のような人が読んで面白いと思えるブログ」を書いてみようと試みることでした。

 

ただ、「アフィリエイター」を目指す人向けに、最近たくさんの「ブログ指南書」が書かれて発行されていますが、どれもこれも読んでみて感じた感想は「本質をとらえているもの」なんてごく僅か。

 

ほとんどが「小手先の技術」を実践するためのアイディア(と、言うよりはテンプレ)を、オリジナリティの醸成かのように推奨していること。

 

難しい本を読むことが全てではないけれど、「より短時間」で「より効果的なこと」を僕たちは求めたがる。

 

その行為そのものは無意味だとは言わない。

 

「失敗は成功の母」になります。

 

しかし「一発あてた(自称プロ)(自称フリーランス)ブロガー」の本がバカ売れしている。

 

行きつく先は3つ。

①「ブログをビジネスの切り札として始めたブロガー」は成果が簡単に上がらず消滅していくでしょう

②「自身の発言で世の中を動かすエネルギーを作りたいブロガー」は炎上を起こし敵を作りつつも存在し続けるでしょう。

③「ブログをビジネスにできるブロガー」は10年後には「ブログ」以外にうまく立ち回れる「ビジネスを見出し」て更に先を行っている。

 

僕は1年後どの辺のポジショニングにいるんでしょうか。

きみはどう?

 

2.ヒトは日々選択しながら生きている。その選択肢に対しての「たられば話」に意味はない。

ヒトは瞬間的に「いくつもの選択の中」から「妥当」とか「いたしかたなく」とか「特に考えもせず」道を選んで人生を生きています。

 

「よく考えて」取り組む姿勢は尊い。

でも、すべてに対して「よく考えて」いるのは、難しいというか疲れる。

 

「カレーは飲み物。」で直感的に3種のトッピングを選ぶように、「行こうと決めた1週間前から決め込んだこと」だって、「その時のノリでやめたり、別の路線を選んだり」ある。

 

だから、「絶対に僕はこういう条件下で、同じ出来事がもう一度同じ出来事が起こった(でも、これは既視感や繰り返されたということではなく、あくまでも「はじめて起こったこと」に対して)」としても、「僕ですら同じ感情や行動が生れるかは」わからないのです。

 

必然的。

 

偶然的。

 

紙一重のところで生きている。

 

「生きることと、これまでの歩み」を振り返ると非常に時間がかかるし、なぜかネガティブになってしまうから不思議だ。

 

「たられば論」になるからでしょう。

 

「あの時こうしていたらなぁ」。と。

 

「もしこうなっていればなぁ」。とか。

 

 

「事実」はすでに世の中に刻まれていながらも、「過去を振り返ると恥にしか思えない」なんとも暗い話でしょうか。

 

ただ、忘れてはならないのは「それでも世の中は動いている」し、「僕はここに生きている」ことも「事実」であることです。

 

言いたいのは「過去をやり直すことは出来ないし、運命として定められていることばかりはしかたない」。

 

僕の範疇でないようなことにクヨクヨ悩んでいる暇はないんだと思います。

 

現在進行形で進む「今」からしてみれば「過去」は正直どうでもいいと「振り切る」ことが「社会に生きる上で」エネルギーになるのではないでしょうか。

 

3.「くたばれ◎谷」まとめ~1000文字ブログに意味はない。

と、ポジティブになったところで、やっぱり皮肉を言ってしまう。

 

1000文字を超えるエントリーを今日も書けました。

 

書くことなら誰でもできます。

 

「あ」でも「い」でも「ピカピカピカチュー」でも、エントリーの中にコピペしていけば1000文字を超える文章(文字?文字列?)は残せます。

 

そして、「ピカピカ」で埋め尽くされた、中卒のバカである僕にはまったく読めないけどおそらく有益だったんでしょう、頭のいい人たちが「学術を論じたエントリー」そんなのが「おすすめ記事に載ることすらある」。

 

世の中は不思議だ。

 

その癖「思想や言論の自由」は憚られる。

 

ブロガーをやっていると、キャンバス(主戦場)であるスペースを「凍結」とか「削除」される恐怖があったりします。

 

文字の規制は「音」や「絵」よりも緩い。

 

イマジネーションする「個人」の知識量や想像力や価値観に委ねられる要素が大きいからです。

 

情報との接触方法は、10年前より「手段」が増えています。

 

「見たくないものに蓋をしろ!」と思っても、露出してくる輩が絶えません。

 

「僕はワイドショーが嫌い。」だから午前中は休みの日でもテレビをつけない。

そんな価値観の「僕に似た人」はたくさん居るのではないでしょうか。

 

「インターネット」「Web」もっと狭く言うと「ブログ」は書いている方は「垂れ流し」かもしれませんが、読み手からは「まだまだ、いる・いらないを選べる情報収集メディア」だと僕は思っています。

 

「情報は雑音だ」と表現する人が増えてきています。

 

一番よくないのは「だから外部との接触を避ける」と言う行為。

 

ところで昨日は休みだったのでワイドショーを見ました。

 

「ニュータイプのノンフィルター議員になる」宣言した議員(バカ)が、話題を呼んでいました。

 

そんなバカ議員さまのことは、別の機会に書くとして。

 

「自分を押し殺す」行為は無駄。

「自分を戦略的に世の中に売り込む」のは大変。

 

そのはざまで僕らブロガーは悶えている。

 

頑張りましょう。明日からも。

 

「1000文字を毎日ブログを書く」事をアフィリエイターになるための必須として、強迫観念を持たざるを得ないくらいプレッシャーを抱えている僕(のような人)に送るエントリーでした。

 

「くたばれ◎谷」

 

「『運よく時流に乗っただけ』の人の言葉を崇拝して実践し続けるだけ」の自分に嫌気がさす。

 

その人そのものの避難ではありません。

 

「本質」を僕らが捉えるには、僕らがまだまだ未熟すぎる。

 

「1000文字書きましょう」ってアドバイスは、僕にとっては「あ」の文字でブログを埋めよ!それでも続けろ!と、根性論のようにしか響きませんでした。

 

 んな訳ねーだろー。ハゲ!って罵って下さい。

 

mission complete!

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