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中卒のバカでもわかるマーケティング

デジタルマーケッターを目指す「へっど」が調査・入手したマーケティング技法や 最新トレンドを発信します。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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家族の絆を本気で強める方法2。柏崎駅前の「そばよし」で「チャシュつけ麺大盛り」を食いたい35歳の社畜。

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夏の定番「枝豆」。

新潟県のスーパーマーケットのお野菜コーナーではこの「枝豆」が大量に盛られ、飛ぶように売れていく。

 

そんな新潟に帰りたい。

 

お金さえあれば、すぐに出来るんですが。。。。

 

そういえば、家族特に「親子」の絆について、最近考えさせられています。

www.headsamurai.com

 

 

 

身内ネタになってしまいますが、先日こんなエントリーを書きました。

 

BGMはこちらをどうぞ。

 

Komm, süsser Tod 甘き死よ、来たれ【字幕&日本語訳】 - YouTube

 

「子供」と言う立ち位置からすると「期待に応えることのできないダメな自分」をこの半生を生きてきたと感じています。

 

もしかしたら、両親は僕に対して「僕が思うほどの期待」はかけられていなかったかも知れない。

 

それに対して僕は「失望させたくない」の気持ちを、「建前上の成果」で取り繕おうとしていただけではないだろうか。

 

 

いつの日か僕は「あれがしたい・これがしたい」を親に言わなくなった。

そして「あれはできない・これもできない」も親に言わなくなった。

 

「現実を見ろ」ある時の父親の一言が今でもずいぶん効いている。

 

その時(多分10代)の僕は尖がっていて「現実を見る」ことは「夢や希望を捨てる(諦める)こと」に他ならないと、思っていた。だから反発をしました。

 

でも、もしかしたら「足場づくりのための現実と、目標とする高い位置の距離感を見誤るな」と言っていたのかもしれませんね。

 

夢を見て、希望を実現するためには「自分の現在地」が重要です。

 

①「このまま淡々と」

②「今以上の努力を」

③「死に物狂いで」

④「もう諦めな」

こんな4つのレベルが浮かびます。

 

僕が10代の頃に描いて熱中していた「夢」に対する僕の立ち位置は上記の①~④のどこにいたでしょうか。

 

多分③~④を行ったりきたりでしょう。

 

それを言葉足らずに父親は僕に話したんでしょうし。

 

僕も表面上(「現実を見ろ」を)で捉え、「夢や希望なんて持つな」とメッセージを曲げてとっています。

 

結果、どうなったかと言うと昔描いた「夢や希望」とは違いますが、現在の職場で300人を超える仲間たちに囲まれて、遠慮をせずに雑談やお願いが言い合えてストレスフリーな生活を送れています。

 

 

両親に感謝したいのは「万人受けはしないけれど、コミュニケーション能力が誰にも劣らない(と、思っている)僕」に育ててもらったことです。

 

いつかエントリーを残したいけれど。

コミュニケーション皆無の時がありました。

 

でも、素質として持っていたんだと思います。

 

「矢面に立っても恐れない」

「面倒くさいことほどやりたがる」

「ピンチも、思考力で論破する」

ことが出来ると自負しています。

 

飛べない豚は「ただの豚」体系を意味しているわけではないぜー。  

 

「やること、やれよ。このデブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」で締めくくっていますが、

 

さて、以前書いたエントリーの本質は「家族の絆はそうそう切れない」と言うことです。

 

家族関係のこじれは、例え「時間の流れに身を任せ」で「当たらず触らず」でやりすごしても、「いざ」となると「結束力がなぜか高まりやすい」と言うこと。

 

「一発逆転」的ではなくて「もともと深く強い何か(血なんていうね)」があるんでしょう。

 

「親の為なら」「子の為なら」「弟の為なら」ってやつです。

 

今日電話が19時過ぎにかかってきていたようです。

 

見知らぬ番号が不在着信で残っているので

 

「何かなー誰かなーこわいなー怖いなー、こーんな番号はーあーったっけなー。」と思いましたが、かけなおしてみると「母」でした。

 

2015年の3月23日の10時過ぎに話をしたので、2年半近く経ちます。

 

「なんで、そんなに元気なの?」

 

聞きたいくらいに元気な62歳。

 

と、66歳か(父は)。

 

いきなり「電話変わるねと無理やり交代」

 

言っていることが2年前と何にも変わらない。

 

それが「親子の中の時間の流れ」かもしれない。

 

悔しいけど「親は親」「子は子」か。

 

 

距離を置こうと親心ながら思い立ち、断腸の思いで「勘当だ」と宣言したのは両親。

 

僕は2年で「親子のつながりが復元する機会が来る」なんて思いもしなかった。

 

 

今、「物事を動かすためのパーツ(歯車のようなもの)」が「ピタッ」とはまったかのように公私ともに好調です。

 

 

わけわからんデブの扱いを除いて 

 

明日は今年最後のバーベキュー。

 

楽しんで来ようと思います。

 

親父と酒を飲むかどうかは、その日・その時次第です。

 

が、僕の夢は親父と腹を割って話をすること。

 

その為に、飲みたいんですが、さすがに無理ですかね。

 

 

「勘当」の原因が「僕の飲んだくれ生活」だったりしますから。

 

mission complete!

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