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中卒のバカでもわかるマーケティング

デジタルマーケッターを目指す「へっど」が調査・入手したマーケティング技法や 最新トレンドを発信します。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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【放送禁止系!?】牛乳石鹸のCMは何故炎上したのか?遅すぎながら動画を見たので深読みします。

牛がブランドイメージ。どこのご家庭でも一度は流通したであろう優しい石鹸。

牛乳石鹸が、「製品そのもの」ではなくWEB-CMで炎上中!なぜか。

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www.youtube.com

Twitterなどを通じて、僕たちにおなじみの石鹸「牛乳石鹸」のCMが物議を醸しだしていると知りました。

 

「炎上商法」に興味を失った最近の僕ですが「牛乳石鹸炎上について」記しているエントリーがいくつかありましたので、概要と動画への言及を確認しました。

 

この「牛乳石鹸炎上論争」で、主軸にあるのが、「男が男らしさを失っている(逆に女が女らしさを失っている)ことを問題提起しているかのような構成のCMになっていないか」ってこと。

 

「(性別を超越した個の能力を評価する指標が生れ))性別で仕分けをせず、実力で役割や仕事」を掴める世の中に日本も変わってきました。

 

「男が家のゴミ捨て?」にはじまり、「妻に敷かれて買い出し」とか、「子供の誕生祝をすっぽかして後輩と飲んで説教(助言レベルの描写)」、「妻の苦言に聞く耳もたんとばかり、風呂へ」、でも「風呂につかりながら一息ついて、現実(よきパパであろうとする自分を取り戻そうとする)」で、「さっきはごめんな」と謝り、妻の手招きで息子が駆け寄りハッピーエンド。。。。のようで終わらない。

 

また主人公は「朝いちばんのゴミ捨てと、職場へ向かうバスに揺られる」これがループしていきます。

 

こんな「現実では、いまはないよ」その反発が生んだ炎上でしょうか。

 

ただ、文学的に一コマひとこまの繋がりの意味をそれぞれ見ていくと、「性別」による「まるで全元号時代的思想や思考をよしとする現代にそぐわない」印象を持ちませんでした。

 

「人間の生活の一コマ」の切り取りと情景の連続。

 

このCMでは誰も「男と女の関係や役割分担ってこうあるべきだな」なんて一切語ってないのです。

 

それにも関わらず、そんな論争が起こるのは「人生に疲れているお父さんを応援する牛乳石鹸のやさしさ」を表現する。とターゲットを絞り込みすぎたせいで、「人生が輝いてイキイキと活躍するお母さんを応援する牛乳石鹸」を連想させるCMが同時に流れなかったからではないか。

 

※悪気はないですが対極と言う意味で、今回炎上している「人生に疲れているお父さん」ならば、「人生が輝いてイキイキと活躍するお母さん」としました。お父さんもお母さんも文言を入れ替えても成立します。

 

性別による励ましや叱咤の表現として古くは、「男ならたくましく」「女ならかわいらしく」などと言う言葉がありました。

 

しかし価値観は変わってきましたから「役割としては、男性が家庭や身の回りを過ごしやすい環境に保ち、女性が家計を安心・安定させる財力を確保する。」どちらも現代社会では「あって自然」のこと。

 

「男」と「女」の違いを意識する瞬間は、生命の神秘と言うべき「生命の誕生の瞬間」への向き合い方だけになるかもしれません。

 

良かれと思って言葉にしようとすると、なんか「揚げ足取り」や「誤解を生みかねない」ので、僕が見た「牛乳石鹸WebCMの感想」を言及したい。

 

「妻と小学生の男の子と3人で暮らす核家族」の生活の一コマ。

シーンの展開は以下。

・バスに揺られ自分の人生を見つめる主人公

・朝の最初の活動はゴミ捨て

・子供の誕生日ケーキを妻から頼まれる

・上司に叱責される後輩を見つめる

・仕事中に妻から「プレゼント(野球グローブ)も買ってきて」のメッセージ

・同僚からの資料チェックで「仕事」に引き戻される

・自身の父の回想。父は忙しく、キャッチボールさえしてくれる時間がなかった。

・息子の為に「グローブを選ぶ」自分。

・「理想のパパ」に近づこうとする自分と時代の流れに対する疑問

・(おそらく先ほどの場面で怒られていた後輩)と酒を飲みに行く

・後輩から「飲みに誘った事」にお礼を言われる主人公。両手には息子の誕生日プレゼンとが。

・家族での団欒を待ちわびていた妻と、「(大事な息子の誕生日に)飲んで帰ってくる主人公」への妻の一言(しかし、感情が露わでもない)。

・「風呂入ってくる」話を途中で降り入浴。

・父の背中を流す幼き頃の主人公。「親父に与えられたことを、俺は与えられているか」父と子の関係性を考える。

・「さっきはごめんね」妻と向き合いポツリと主人公。妻は息子を手招きし、息子が駆け寄ってくる。

・またいつもの朝の情景。ごみ捨てから一日がスタートする

・バスに揺られ、遠くの景色に目線をやり、心と頭の内を整理しようとする主人公。

 

最後にテロップ

「さ、洗い流そ。」

 

主人公が「洗い流そう」と、思った対象は「何だったのか?」この想像によってとらえ方が変わってくるストーリー展開なのが、僕は面白いと思います。

 

例えば。。。

①家族関係(妻とは冷めており、子供とは父子の信頼関係がない)

②パワハラ上司に耐えられない職場環境(いつもは自分がターゲット)

③理想の父親である為に排除しなければいけない、だめな自分

などなど。いくらでも深読みできそうです。

 

清潔感があって、万人がイメージする「さ、洗い流そ。」のコピー。

感じるレベルは、「心の入れ替え」から「重たい人生のしがらみ」にまで思考は連鎖していきます。

 

「ハッピーな場面」の連続からではなく、「生きづらさ」や「サラリーマンの疲れ」や「家族との一時的不和」のシーンから転換されるコピー、この抽象的が故の技ですね。

 

「◎◎」を「さ、洗い流そ。」。

「◎◎」が具体的であれば、話題にならなかったのかもしれません。

 

何度かリピート再生した末、そのうち一回、僕には「こんな人生は嫌だ!さ、洗い流そ(失踪かはたまた。。。)」と主人公が言っているのではないか?と捉えてしまったた回があったので、身震いした。

 

「辛いことがあるけれど、家族と共に生きる頑張るお父さん」を表面的にしつつ、グロもサツバツさもなく展開される「ホラーか?」と。

 

有名なフェイクドキュメンタリーの「放送禁止」シリーズのような、癖のあるCMかも知れません。

 

あなたも、深読みしてみてはいかが?

 

必ずしも表面的に見えていることだけが、真実とは限りません。

あなたには、このストーリーの真実が見えましたか?

 

mission complete!

 

 

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