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中卒のバカでもわかるマーケティング

デジタルマーケッターを目指す「へっど」が調査・入手したマーケティング技法や 最新トレンドを発信します。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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リライト!もう1回、攻殻機動隊の実写版「ゴースト・イン・ザ・シェル」を見て人生観を改めた。

前文・本文を加筆しました。緑の文字です。

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奥が深い攻殻機動隊の世界。

 

前回「攻殻機動隊」を語った時は4月か。四半期過ぎて映画のエントリーを書くよ。

www.headsamurai.com

 

 エントリーの種としたのはアニメ版の攻殻機動隊ではなくて2017年4月に公開されたハリウッドの実写版「ゴースト・イン・ザ・シェル」です。

 

ちなみに同じタイミングで発売された映像特典を加えた「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」も僕は持っていて、夜を長く過ごせそうな休日の前夜に繰り返し見る映画になっています。

 

GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 [Blu-ray]

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久しぶりに某レンタルショップへ行ったところ最新作として「ゴースト・イン・ザ・シェル(名作アニメ「攻殻機動隊」のハリウッド実写化)」がリリースされていました。

 

映画の最新作は映画館で見る!がベストですが、もう一度見たいね。って事でブルーレイ版を借りてきました。

 

あらすじ等は公式サイトでトレーラーなどを見ていただくとして

ghostshell.jp

 

今回は本作「ゴースト・イン・ザ・シェル」から感じ取ったことを紹介しようと思います。

 

1.まず、なぜこの「ゴースト・イン・ザ・シェル」の評判が賛否分かれるのか

反対意見はグーグル先生に聞いていただくとして、僕としては本作の「ゴースト・イン・ザ・シェル」を「良い方」として評価したい。

 

ビジュアル・演出としてSFとくに「サイバー・パンク」「スチームパンク」の世界を最先端の技術で表現できている。

 

映像は「作り物」である前提で見てしまう節がありますが「リアルさに違和感がない」です。

 

CGの出始めの頃は「特撮」との組み合わせで随分と「違和感」を感じる映像作品がありましたが、「とっつきにくい」かも知れませんが、この「ゴースト・イン・ザ・シェル」は違う。

 

「意味が分かってくると骨太で奥が深い」。

 

実写版の「ゴースト・イン・ザ・シェル」もアニメ版の攻殻機動隊シリーズ同様ストーリー展開を最後まで飽きることなく「魅せられ」た上で「考えさせられる」作品だと思います。

 

2.この作品の本筋は「アイデンティティ」を探求すること

主人公である「少佐(義体に入るまでは、、、映画の後半で判明します。嬉しい展開だった)」は断片的にしか「自分がここに、なぜ存在するのか」を知らない。

 

少佐の義体と脳を掛け合わせたオウレイ博士からも、自身の出生や経歴は明かされないまま。

 

劇中で少佐は電脳ハック、無法武装集団と対峙しながらいくつもの疑問を抱えながら「自分探しの旅」を進めていきます。

 

「戦闘兵器としての能力を与えられた自分」、「命令に従う動機付けを与えられた裏にある真実はなんなのか」、「そもそも皆と同じ人間として生きていたのか(人造物ではない確証)、家族は」「作られた記憶に基づいて生かされているマリオネットではないのか」と言ったいくつもの「自己の存在意義(アイデンティティ)」を問いかけるシーンが濃厚です。

 

僕も小学生の頃ふと夜に天井を見上げながら「明日目が覚めた時に、今の自分でなかったらどうしよう、そもそも明日ってくるのかな」とか「ある日突然今の自分が存在しはじめた訳ではなくていろいろなことがあったはずだけど、全部を覚えていられないのはなんで」とか不思議に思い眠れなかった日があったりします。

 

明日を生きる為には「過去や記憶」よりも「なにをやるか(役割として果たすか)」なのかも知れませんが、「なにをやる」にしても「自信」となる「自分が認識している過去の成功体験」は必要だと思うんですね。

 

存在意義(アイデンティティ)を理解できた時、人は強くも弱くもなる。

その素材としての「記録(過去)」も「記憶」ないことは、生きる上で「大きく影響すること」を本作「ゴースト・イン・ザ・シェル」から受け止めました。

 

攻殻機動隊の核となる概念は「人間」を補う技術として「義体」と「ゴースト」があります。

 

「義体」は個体としての接点であるから「アンドロイド」と「サイボーグ」の中間かもしれない。サイボーグはどちらかと言うと「生身の人間の改造」であり、「アンドロイド」は全く人間としての存在無く「形を作り、中身もAI」と言えます。

 

ところが、攻殻機動隊の世界では「義体(入れ物)」に対して「ゴースト(人工的ではなく自然に生み出された生命力」を組み合わせるという異質のものや、「人体のパーツはなんらかしらの理由により補完したり拡張したり(バトーの眼が特徴的ですね)」します。

 

本作「ゴースト・イン・ザ・シェル」は「殻の中にあるゴースト(精神・人格・生命力・自己・存在意義」と言うものが見えてきます。

 

「人(感情・自己のある生命体)」が地球を牛耳る(宇宙人の侵略は無いから牛耳り続けるのかな?)近未来で、「アイデンティティ(自身の存在意義)」を問う作品となっています。

 

「魂や心、人が人として存在する為の自我」として「ゴースト」が攻殻機動隊の世界観にはあり「義体」を動かすものは「ゴースト」。

 

AIも、人間のように無数のパターンをインプットさせて(訓練されて)、「最良の方法をアウトプットする」ように改良を日々行っていますが、最終的に「AI」が「人間と違うところは何か」と言えば「感情」の存在ではないかと思います。

 

「道徳」や「近道」は教育すればインプットできるし近しい境遇の中では「最適なアウトプット」もするでしょう。

 

ただ、AIになくて「僕ら人間」には出来ること。

それは「感情(攻殻機動隊でいう、ゴースト)」の存在。

 

「感情」はなんのためにあるのでしょうか?

 

「その理由」がなんとなく見えた映画がこのハリウッド版実写の攻殻機動隊「ゴースト・イン・ザ・シェル」。

 

 

「感情」は「個性」や「存在意義」を形成させるために存在するのではないかと、思うのです。

 

インプットされたことをアウトプットする時に「素直に自身の心を経由していくもの」が感情です。

 

感情の例は「喜怒哀楽」。

ワクワク(喜)

チリチリ(怒)

シューン(悲)

ハッピー(楽)

 

などでしょうか。

 

「事実は客観的に歴史に残るものや説明できるもの」その捉え方は「個々の感情」によるのではないか。

 

「個性」。

 

「自己を生命維持するために形成する姿勢や取り組みの手段」は「感情」によって変化します。

 

「感情」なんて曖昧なパラメーターはAIには不可能。

 

唯一「ヒト」を追い越せない領域だと思う。AIにはまだ個性がない。はずだ。

 

僕が、「今、パンを食べたい」と言ってAIは「最速の時間(10秒も待たずに)パンを差し出してくれる」だろうが、人間ならどうか「焼きたてに近い形でトースターで1分パンを焼いてくれるかもしれない」

 

「相手の立場に立つならば」と言う感情が動くか動かないかの違い。

 

「感情」には、まだまだ価値がある。人間的に(ワイルド)に行動することは価値があるのです。

 

3.アニメ版の「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」と比較してはいけない。「人であり続ける為の永遠の夢」を描くこと。でも別物です。

実写をやると、アニメーションやコミックでの「世界観」を崩すと言われますが、本作の「ゴースト・イン・ザ・シェル」は「GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊」とは別物。

 

日本語吹き替え版はファンなら嬉しいキャスティング(素子やバトーやトグサ)ですし、時折描写として出てくるアニメ・コミックの名シーンは嬉しい限りですが、物語の主題が違います。

 

「アニメ・コミックの通りに進めろや!」って思う人もいるのでしょう。しかし、攻殻機動隊は「こうあるべき」もわかりますが、映画として視聴者が「製作者サイドの伝えたかったこと」を受け入れられて満足できるレベルだったからよしだと思うのです。

 

攻殻機動隊には「ゴースト」と言う概念と「義体」と言う「人体構造拡張」のテクノロジーが存在します。

 

人間が人間と「本当に一つになれない」のは「ハード面(人体)」でも「ソフト面(精神・魂)」でも融合する手段を持たないからだと僕は認識しています。

 

「不老不死として生きながらえる」とか「不慮の事故に対する生命の維持手段」ととしてのセレクトとして攻殻機動隊に出てくる「義体」は有効なのかもしれませんが、「機動戦士ガンダム」では「増えすぎた人口を宇宙に逃がしコロニーを作ったり」、「新世紀エヴァンゲリオン」では「人類補完計画」として「物理的境界線を排除した融合」を目指してしています。

 

いずれにしても、世界も描くことは同じではないけど、「自分」と言う存在の「在り処」を永遠に残したいという夢を描いています。

 

物理的に存在できなければ「今感じている幸せ」を維持できないし、

物理的に増えすぎた環境の中で「統制」を保ち「治安を維持する」ことは難しいし、

「精神・魂」だけが残り続ける世界を「生命として良し」とするかはわからない

 

「人間として、どういう未来に幸せを描くか」がテーマですよね。

 

未来なんて言いましたが人間も動物も「生きている限り、死ぬ」。

 

「死にたくない」理由は様々ですが現代の技術では「死」を避けては通れない出来事捉え、夢を見る。と言うことでしょうか。

 

では、「人が死ななくなった世界が全体最適なのか?」これ以上先は思い描けない。

 

4.終わりに

SFの世界でありがちな「サイバーテロ」と聞くと「現実的でない世界で起こっている出来事」のように思いがちです。

 

実際「サイバー」だろうが「アナログ」だろうが、おそらくやっている事は同じで、「機密事項を入手する」とか「思わしくない存在を消す」とかが目的で、「足がつかないルートとしての手段としての選択肢」の一つが「サイバー的」なのか「アナログ(実態に直接)」でしかない。

 

見方を変えれば「新たな手法を用いた技術革新が行われていることを知り、匿名的に効率的に犯罪を起こすための学習機会」にも取れるし「未来は5年後のことをさしているのではなくて、気づいていないが忍び寄っていて自分の身に今にも起こる事ではないかと示唆している」ともとれる。

 

いずれにしてもSFを見る、読む、知るなど「触れずにいたら自分にはイメージのつかない生き方・暮らし方」をしているであろう「そう遠くない未来の姿」を予感させてくれるものです。

 

SFを好きな人は「好きである・追い求める」いくつものパターンがあると思います。

「日常的に見当もつかない夢物語」としての魅力がある事。

 

「今は実現不可能でも技術革新によって世界をあるべき方向に向けよう」としてアイディアの素材とすること。

 

「テクノロジーがいつか、成長の善とした目的を失い人間に対しての報復を行う」と言うホラーも含むこと。などなどなどなど。

 

ポジティブな未来で思いつくのは「ドラえもん」の世界観。

 

ドラえもんの四次元ポケットから出される「ひみつ道具」を夢見ることもいいですが、「ゴースト・イン・ザ・シェル」は「人間としての尊厳を保ち今を生きること」の大切さを教えていただいた作品でした。

 

「記憶から排除されたもの」は永遠に紐解けない「事実」もあれば、意図的に「忘れよう」として排除していったものもあるかもしれません。

 

「(嫌なことがあっても)忘れることが出来るから、人は生きていける」こんなことを呟いた人もいました。

しかしながら「自分が存在する意義として欠かせない記憶を誰かによって実は抹消されている」なんてことがあったらどうでしょうか。

 

「精神・魂の融合」も「生命維持としての箱としての義体」も未来のテクノロジーとして歓迎したいですが、自分が自分である事を認め、自らの意思で判断を下し行動する「存在意義」を大切にした生き方をしたいですね。

 

そして、現在は「様々な失敗の上」にあることを受け止めなくてはなりません。

 

自分は「完成形」ではなく「まだまだ発展途上」であることを反省しました。

 

mission complete!

 

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