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最狂の〇〇物語

不思議な相棒と過ごす「笑いあり・涙ありの平凡な日常」。赤裸々につづります。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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【一部閲覧注意】愛すべきバカと、輪をかけてバカな僕の3ヵ月Part2

人は人それぞれに「人生の背景がある」のは当然。

だから、例えば募金活動をはじめとする「アクション」を取る事はナンセンスなのか?

 

今日もやっぱり、愛すべき「バカ」の事に「思いが傾く」ので、思いだけは書いておこうと思う。

 

【目次】

1.お見舞い

2.自分に何が出来るのか

3.このエントリーの最後に

 

 

1.お見舞い

週間にすると1回。顔を見に行っているが「親友(愛すべきバカ)」は元気だ。

 

「元気になった」その過程は本人の努力、周囲のバックアップがあってのことも在りますし、必要があれば深堀するとして、

 

彼と僕に血のつながりは全くなく。

 

人生を短く70年と見積もっても「10年ちょっと」の付き合いでしかないですが、左脚を切断しても「あいつは元気だよ」と表現できるのは、「10年ちょっと前に遭った」時と「なんら変わりのない表情」でモノゴトを今日も喋っている言事が理由です。

 

性別は男性。僕も男だ。共通点はそれ位。

 

もう一つ挙げるとすれば「社会への期待」よりも、「自分が社会に対してどんな存在でありたいか」と言うことを語り始めると止まらい処。

 

「ちっちゃいこと」かも知れませんが、「世の中の仕組みへの不満」や「それに対する自身のアクション(実際には出来ないかもしれなけど、やってみたいこと)」と言った「関心を持つところ」が同じなのかもしれない。

 

2日前もお見舞いに行ってきた。

 

プラモデルが欲しいと言うので、HGのZガンダムを持参した。

入院生活を僕も何度かしたことはあるので、その辛さも「退屈さ」も理解できている。

 

もちろんプラモデル代は「見舞い品」でありつつも「買物代行」のようだから、彼も言うし、僕も素直にお品代はいただいています。

 

明日は、しばらくぶりに病院の外へ二人で出かける予定。

 

療養と回復は順調で、「外出届」の許可が出たというのです。

とは、言っても近隣の商業施設に「各種証明書」の為の写真を撮りにいく為。

 

明日は何をはなそうかな。

 

2.自分に何が出来るのか

2017年の10月に、僕は自社の労働組合の「職場代表」となりました。

引鉄は「大きな改装オープン」を控えていたことと、「組織の硬直化や疲弊感の打破」をしたかったから。

 

もっと柔らかく表現すると、【「働きがい」「やりがい」を従業員の一人ひとりが思えるようになりたい。】その夢の為でした。

 

夢は願うもの

 

希望は叶えるもの

 

中学生の頃、僕は不登校児でしたが、担任の先生から教えてもらった。

 

 

「夢は願うもの、希望は叶えるもの、その為に君が今できそうなことを一つでもやろう」

 

担任の先生は強制しなかった、「学校に来い」と。

 

担任の先生は強要もしなかった。

 

相当の問題児であっただろう「僕」に対して先生は2月14日に不思議なことをしてくれた。

 

 

 

「バレンタインのチョコレート(確かメリーだったと思う)をくれた」

 

1クラスに確か40人くらいだったとはずだから、「特別扱い」だったのだろうと思います。

 

先生と生徒の関連性として良い悪いは別にしてほしいですが、先生の「アクション」から感じれたのは、僕にとっては「季節感を感じない自宅に引きこもりの不登校生徒」への「社会に眼を向ける」一つのスイッチだったと認識しています。

 

それ以上のことも、それ以外のこともありませんでしたが、僕は僕なりに(ガキでしたが)「がんばろう」と奮起し、「教室には入れなかったものの、保健室とか面談室で学業を履修」し、中学校までは卒業できました。

 

社会人になってわかるのは「時間の調整」ほど難しい事はありません。

さらに他の科目を扱う先生を総動員していただいていたのだ、今になってですがわかったのです。

 

その為に、担任の先生がどれだけエネルギーを使われたことか。

 

そして、僕の両親の負担も、「計り知れないもの」だったと思う。

 

 

とは言え、僕は毎日を「心を解き放ち自由」にやってます。

 

矛先を社会に向けて。

 

 

3.このエントリーの最後に

昨日今日。振り返ると「大したことをしていない」と思う。

 

ただふと思うと「人とは違う事」をしているのかなと言う振り返りだけ。

 

ものごとの「調整」と言うのは難しい。

 

でも毎日毎日「調整をする」ことを、今、僕はメインの仕事にしています。

 

 

また、別の機会に深く掘り下げられたいいなと考えていますが「多様な生活背景がありえる時代」において逸脱する思想をもとにしたアクションを取ることは難しいのが事実です。

 

今日提案した、「片足を失った友人の支援活動」は、心を許し日ごろも積極的に対話をしている仲間にも受け入れてもらうことは出来なかった。

 

理由は、「その活動をすること」に対するリスクも伴う可能性を孕んでいる事と、そもそも「本人が望んでいる事なのか?」と言う事です。

 

「本人の夢」。

 

「本人の希望」。

 

 

それと、かけ離れたことをすることは「迷惑」であり「害」であり、「本人」の為にはならない。

 

 

その通りだ。

 

 

僕は沢山の人に助けられて生きてきた。

 

 

それは「僕」を主人公とする人生において、「僕が持つ夢や僕の希望」に基づいたものだった。

 

明日、もう一度「バカ(愛すべき)」と本音で喋ってこよう。

 

とは言え最後に毒を吐こう、「他者にはたきかけても無駄なことは、しません」なんて、匙を投げたアナタの言葉を「僕は忘れません」。

 

「大きな組織の中で自分一人の発言は意味をなさない」かもしれないけど、

「最大限のはたらきかけにより『自分自身に』何が出来るのか?」を考えて欲しい。

 

今の僕の夢は「大きな台風のような勢力(組織の循環)を作り、その輪の中心に入る」ことです。

 

人生は、絶対に面白い。

 

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