STRIKE!!痛

最狂の〇〇物語

不思議な相棒と過ごす「笑いあり・涙ありの平凡な日常」。赤裸々につづります。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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「あずさ」~ある日のFacebookより

想いを言葉に、言葉を武器に。の話し。

ぼくの「想い」「言葉」の形成の根幹にあるのは、「チャゲ&飛鳥」の楽曲。

とは言え大好きなのはデビューしたての「風舞」「熱風」「黄昏の騎士」あたり。

月9のドラマでテーマ曲がヒットするまで10年くらい前

原点に帰ろうと思うときはいつも聴き、口ずさみ、自分の中に再度「想い」「言葉」をダウンロードしています。

今日も。日記をつけながら。

(間)

「なれること」について考えてみました。

「成れる」「慣れる」この2つのキーワードです。

どちらも、体験、時間を通じて「自身のものとすること」と認知していますが、「体験や時間」を繰り返しも「成れない」「慣れることができない」ものはあるとわかりました。

夢に対する「挫折」はつきもの。

また、「成りたい」「慣れたい」と思っていても。

相手が望んでいたとしても、自分にはピタリとはまらなかったことはあるんでしょう。

瞬間的に複雑な「気持ちになる」ことがある。

「好き、嫌いの」じゃなく。

「経験が不足している」からでもなく。

「興味の有無」でもなく。

自立独立した「個体」は100パーセント溶け合わない。

(間)

人生を歩むと、「好きなこと」「嫌いなこと」とモノゴトを分別していきます。

好き、嫌いの中には潜在意識の「価値観」が判断基準にしていると思う。

「好きなこと」だけでなく、「嫌いなこと」は素直にもっと言った方が良いのだろうか。

「我儘」なはなしだ。

「嫌われたくない」が感情の先を走ることがありますが、「嫌われてもいい」とか「嫌われたらしかたがない」の覚悟を持ちたい。

「嫌われる」のほかに「飽きられたくない」もあるかも。

過ぎたことを含め深く考えることは「女々しいこと」ではないと思う(そもそも「女々」ってなんて、時代錯誤な言葉か。と。)

整理整頓は頭と心にも定期的に行っていこう。

「頭と心」は「交換」できるものではないから、生涯使っていくのだから。

(間)

想いを言葉に、言葉を武器に。

言葉の表現として一番好きなのは「文字」として視覚化すること。

「音」だと、日本語は意味合いが変わることがあるけど、「文字」は「表したいことが明確」。

文脈から一度読んだだけではわからなくても、繰り返し書き手の「想い」を察しようと試みることが出来るから。

(間)

写真は昨日行った会議への往復に使った「スーパーあずさ」。

 

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行きは新型。
帰りは3月16日にラストランの現行。
(旧型ではないのは、まだ、終止符を打っていないから)

新宿と甲府間を一緒に乗ったのは2回目。
前回は去年の4月のこと。

あれから約1年。

「なったらいいな」と願うばかりではなく、叶えようと信じて歩んできたことが、いま現実になった。

節目や門出は「はじまり」と「おわり」の為の目安です。

結婚には「さまざまな儀式」が社会的にあります。

「そのこと」について、周囲から質問、ご意見、ご助言を受けますが、華々しさよりも、日々の「あったかい心をわかちあうこと」の方が大切
だと思っています。

ぼくの目線は30年分の「ぼくの一番大切な人」のこれまでの人生よりも、それを越える年月を「いっしょ」に過ごすことへ向いている。

「2人で生きて行くためのけじめ」は必ずつけます。

みなさまには暖かく見守っていただけますと幸いです。

(今日はスーパーハードボイルドで笑えるネタはありませんでしたー。)

(間)

最後に、君へ。

いっしょにいて、1日たりとも「退屈した日」はない。

いつもスリリングな時間をくれて、ありがとう。

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