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最狂の〇〇物語

大好きな相棒と過ごす「笑いあり・涙ありの平凡な日常」。赤裸々につづります。時々くじけることもあるけど泣かないもん。

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解散はない!ASKAさんのチャゲアス脱退宣言についての考察

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2019年8月25日 12:07

CHAGE and ASKAの「ASKA」さんが運営するブログにて、「CHAGE and ASKA」からの脱退が発表されました。


「CHAGE and ASKA」の再始動を、ひたすら待ってくれている多くのファンの方々の気持ちを前にして、
私には、それはできません。

手を替え、品を替えで、ただ延命するより、いっそ解体して、
新しく積み上げることの方が建設的だと思うのです。

手を繋ぎ合った複合体は、どれだけ長く手を繋いでいられるかが重要ではありません。
手を繋いだ時に、何ができるかだと思うのです。
何もできない複合体であるならば、複合体の意味がありません。

https://www.fellows.tokyo/blog/?id=1619

 

チャゲアスの再始動。それを待ち望む私達。

久しぶりのDVDリリースも発表されたばかりでしたから、2019年月25日、チャゲアスの40周年にあたるこの日に、「チャゲアスの再始動」のニュースを多くのファンが待ち望んでいたことでしょう。

 

ただ、現実は違った。

 

そんなCHAGE and ASKA 40周年にこれからの方向性をASKAさんのブログを通じて知る事が出来た。

僕は「脱退にいたる最大の理由が見えてきたように見えるので、このエントリーを書いてみようと思います。

 

まずは、CHAGE and ASKA」の活動の中で、僕なりに大きなポイントであったと考える(ユニットとしての成功)出来事から。

 

1979年以前~デビュー

8月25日、ワーナー・パイオニア(現:ワーナーミュージック・ジャパン)よりシングル「ひとり咲き」でデビュー。デビュー時のキャッチコピーは、“九州から大型台風上陸!熱い喉が衝き叫ぶ!”。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

1980年頃~万里の河ヒット

シングル「万里の河」をリリース。秋には『学園祭コンサート』を行う。なお、「万里の河」は年末からチャート上位になり、初のヒットシングルとなる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA


1986年頃~レコード会社遺跡

キャニオン・レコード移籍後初のシングル「モーニングムーン」がスマッシュヒット。この年はシングル4枚、アルバム2枚、アナログ盤限定でミニアルバム1枚を発表。コンサートも夏に横浜スタジアムで開催する等、1年を通して精力的な活動を行う。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

1989年頃~デビュー10周年ソロ活動の始まり

デビュー10周年。シングル「WALK」、「LOVE SONG」をリリース。デビュー日にリリースしたアルバム『PRIDE』は、『熱風』以来となるオリコンアルバムチャート1位を獲得する。しかしその後、CHAGE&ASUKAとしての活動を半年間休止。ASKAは渡英し、楽曲制作。CHAGEはバンド"MULTI MAX"を結成。この時解散を噂されたが、2人はそれを否定した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

1991年頃~SAY YESの大ヒット

アルバム『SEE YA』から「太陽と埃の中で」をシングルカットし、ロングセールスを記録する。そして、フジテレビ系ドラマ『101回目のプロポーズ』の主題歌となったシングル「SAY YES」が、デビュー12年目で初のシングルチャート1位を獲得。大ヒットシングルとなり、オリコンシングルチャート13週連続1位、累計売上枚数が約282万枚となる記録を樹立する。また、10月にリリースされたアルバム『TREE』は発売2週目でミリオンセラー達成、当時史上最高のセールスを記録。11月には「僕はこの瞳で嘘をつく」をシングルカットし、こちらもオリコンシングルチャート1位となる。ASKAは、3月にリリースしたシングル「はじまりはいつも雨」、6月リリースのアルバム『SCENE II』でもミリオンセラーを達成する。この頃、飛鳥涼の衣装を真似る人や、カラオケでのCHAGE&ASKA曲の人気など、巷ではチャゲアス旋風が巻き起こっていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/CHAGE_and_ASKA

 

と、40年中の5年の期間を挙げてみたのだけれど、いくつかの「出来事(周囲から見れば奇跡的、当事者のCHAGEさん、ASKAさんから見れば必然的に起こった・起こした事柄)」を経ての、「40周年」。

その「40周年」を記念する日に表明(発表)された「メッセージ」は長きに渡ってファンであった僕自身の心を深く切り刻み、、、。

 

と、言うことはそれほど無かった(と、言うと嘘になり、心身が不安定になった。)。

 

その理由、これを『ASKAさんの「CHAGE and ASKA脱退」についての「〇〇の考察」』と言うこのエントリーにて述べさせて頂きたい。

 

1.いきなり結論「CHAGE and ASKAの解散」はない

最初に結論を書くと、

ASKAさんはブログの中で、「解散」ではなく、「脱退」と言う表現で、「CHAGE and ASKA」としての活動に「ピリオド」をつけようと言う考えであることが伺えました。でも、これはピリオドであり、エピローグではない。

 

「CHAGE and ASKA」はCHAGEさんとASKAさん、「二人」のユニット。

「解散」?「脱退」?どちらも「それぞれ別々の道を歩きましょう」と言う事実(無期限に混ざり合うことの無い時の流れ)はあるのでしょうが、「解散」と「脱退」は全く違う意味であり、ASKAさんが表明したのは「脱退」です。

 

単語のニュアンスを深堀すると「解散」は「ユニット」を解消することを「それぞれが同意」して、「散る(それぞれの道を歩く)」こと。

しかし、「脱退」は、「CHAGE and ASKA」の「殻(形どっているもの)」を脱ぎ捨てて「退く(このままの殻(形どっているもの)から別の道を探そう)」と言うことになります。

 

CHAGE and ASKAとしての活動は40年。

ある特定の「殻(活動によって築き上げたもの)」をかぶっていると、ASKAさんにとって「CHAGEさんにとっても良い事はない」と思う事があったのではないでしょうか。

 

賛否両論がありますが、ASKAさんの動きは「覚せい剤使用による事件」を経て、これまで以上に「活発である」と僕は見ています。

 

積極的な「ブログの更新」「音楽作品の発表」「新たなビジネスへの挑戦」などなど。

 

当たり前のように思えてしまいがちですが、ひと昔前なら「ファンクラブのVIP会員でなかれば知りえない情報」を惜しげもなく、ASKAさんはさらけ出し、愚直に「自身のなかで『最良の選択』」をして、それを「具現化(具体化と言うマインドのものでは無く、実際に行動に移している)」姿に、憧れます。

 

日本の法律を逸脱したことは問題。

でも、ファンの期待に応えられないことは、もっと問題。

であると真摯に考えている事なのだと思う。

 

その中での「脱退」の表明です。

CHAGEさんのことが「嫌い」とか「好き」ではなく

CHAGEさんとのユニット上の評価のされ方が「7:3」から「5:5」になることを恐れていたのでもなく

CHAGEさんの「自分(ASKAさん)が困ったときに距離を置かれたかのような態度・対応」に裏切られたと感じたことだけでもなく

CHAGEさんが写真週刊誌に「あたかもCHAGE and ASKAの復活に向けて準備していますよ(それでいてASKAさんとの直接対話は無いことへの怒り)」の発言

 

云々が、様々な所で言われていますが、

僕なりの「ASKAさんの心境」の考察では、「CHAGE and ASKA」の作品の存在価値は「ビジネス」ではなく、「ファンが幸せになる事」。

そして、これを優先させるには、「CHAGE and ASKA」の復活ではない。こと。

 

ASKAさんの願いはどんな形であれ、「CHAGE」さん「ASKA」さんの二人が精力的に、笑顔で音楽活動をしていて、ファンが「これからも発表される楽曲に触れる」環境を作る事だったのではないだろうか。

 

「CHAGE」と「ASKA」が同じステージに立ってパフォーマンスを見たい。

ファンの想いとしては、同じだと思う。

 

ただ、現時点でCHAGE and ASKA復活(例えば二人による新たな楽曲、ライブ開催の発表など)が、40周年を迎える2019年8月25日にあれば、様々な場所で論争が起こる事となる。

 

これはCHAGEさん・ASKAさん・そして「僕達の音楽を愛するあなた達」による「つながり」を、遠ざけ、もしかしたら「溝を広げ深めてしまう結末を迎える」かもしれないとASKAさんは、CHAGEさん以上に心配したのかもしれない。

※「僕達の音楽を愛するあなな達」とはCHAGE  and ASKAの発表する作品のクレジット(CDアルバムの後半に印字されていプロデューサーやエンジニア、ゲストミュージシャンの名称、映画でいうとエンドロールみたいな)に必ず表記されている「ファン」を指す「人称」。

 

2.CHAGE and ASKAの作品は死なない

「CHAGE and ASKAの作品には二人の生き様」が宿っていると信じている。

 

代表曲の「SAY YES」がテーマ曲となった「101回目のプロポーズ」のさらに銘台詞ではないけれど「CHAGE and ASKA の作品は死にません」。

 

数多ある音楽作品の中から、今日「はじめて、この音楽作品を作ったアーティストを知る、知った後、もっとほかの作品に触れたくなる」そんなアーティストに「めぐりあう」ことは、なかなか「容易い事」ではないのではないだろうか。

 

そんな中で、僕にとって「CHAGE and ASKA」に触れたのが、1991年頃で、それから「僕は僕なりの生き方」で、いくつもの、「人生」を生きてきた。

 

時に誰かを好きになった時は「無上の好意」を持ったり

そして与え与えあう「やわらかな愛情」を感じたり

すれ違う中で感じる「戸惑いを試そう」としたり などなど

 

いま、自分の認識している「自分自身」を突き止めて、そこにピタリとはまる「もの」を探せば「ここにある」と、言うのが、何も隠すことは無い「CHAGE and ASKA」の作品である。と、僕は思うのです。

 

次代や、今、目の前に見えているものは違うのだろうけど、CHAGEさんもASKAさんも「それぞれの生きてきた」なかで、なにか形にできないかと絞った結果が彼らが発表した楽曲。

 

そこに、自分の「生きてきた道」と「これから自分が歩く方向」を重ねることが出来るものがあるって、素敵な事じゃないですか。

 

そしてそれが出来る「僕の唯一のもの」は「CHAGE and ASKA」の作品だと信じています。

 

だから、「CHAGE and ASKA」の発表したいくつもの作品は「死なない」。

これからも僕らと共に、「生きていく」んです。

 

「CAHGE」さん「ASKA」さんの二人で作り上げた作品(生き様)は、「永遠に、どんな時代でも聴く人を魅了し、そのメッセージが人と人とを結びつける」のだから。

 

最後に、ASKAさんがブログで発信した「CHAGE and ASKA脱退」に関する抜粋・全文などは、メディアさん・にわかブロガーさんがおもしろおかしくコメントしつつ掲載されているようなので、当ブログには載せていません。詳細を確認したい方はASKAさんのオフィシャルブログよりどうぞ。下記のリンクから。

※2019年8月28日現在、fellowsメンバー限定のコメント(ブログ記事)もロック解除されていますので、どなたでもお読みいただけます。

https://www.fellows.tokyo/blog/?id=1619 

 

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